第76話 即席決闘未遂事件
第2章 曙光と絆の先へ
第3幕 昼夜兼行
第76話 即席決闘未遂事件
本日2話目です!
本文ちょーっと長めです!
保護から一週間。黒猫の少女は、相変わらず無言のままだ。
扉をノックしても。食事を運んでも。話しかけても。
帰って来るのは沈黙だけ。いつもベッドに座ったまま、ほとんど動かない。
……とはいえ、こちらは焦っていない。
一週間で何か変わるほど、彼女に降りかかった困難は軽くないはずだ。
ただ一つ、少しだけ困ることがあるとすれば―――
(体調ぐらいは、教えて欲しいんだけどな……)
けれど、その代わりに分かったことがある。
彼女は『許可されたことしかしない』。
きっかけは初日の夜だった。
夕食を終えしばらく一人にした後に、様子を見に行った時のこと。
部屋に入った瞬間に感じ取った、鼻につくアンモニア臭。
原因はすぐに分かった。匂いの元はベッドであり、少女の座るその場所だった。
私は何も言わず、魔法で清掃し、トイレの場所を教えた。
それだけだ。
にもかかわらず、それ以降彼女が粗相をすることは無かった。
(つまり……命令、もしくは許可されたことは、守る。)
逆に言えば、言われなかったことはしない。
実際、着替えもそうだった。
「着替えて良い」といって部屋を出た初日。
私が夕食を持って戻った時には、すでに着替え終わっていた。
多少着崩れしていたが、それでもちゃんと『やっていた』。
「……ま、身体的には回復してきてるし。今は待つしかないか。」
肌の状態は明らかによくなっている。
毎食前に”光癒”と”光福”をかけていることもあり、回復のスピードは目覚ましい。
栄養がしっかり取れるようになったことも大きいのだろう。
きっと、痩せた体も時間の問題だ。
ひとまず安定したと判断し、私はギルドに向かった。
あの様子なら多少離れていても問題ない。
(それに、無収入は精神的によくない……)
懐は万全でも、そちらが問題だった。
***
ギルドに入った瞬間、空気が変わった。
ザワついていたロビーがぴたりと静まる。
掲示板前で争っていた冒険者たちが動きを止め、ひそひそと何かを囁きながらこちらを窺っていた。
断片的にきこえてくるのは―――
『ガルーダ』『あの魔法』『城壁』
……うん、まぁ。
(そりゃそうなるよね。)
ある程度覚悟はしていたが、やはり注目されるのは落ち着かない。
私は足早にカウンターへ向かった。
「おはようございます、エマさん。」
「ミオさん、おはようございます。本日はどのような御用でしょうか?」
いつもの一番左の受付。栗毛のエマさんが穏やかに応じる。
「簡単な依頼を受けようかと。今はちょっと長期間拘束される依頼は厳しいのですが……」
先日の件でDからCランクへと昇格したため、私は受付嬢に依頼を選定してもらえるようになった。
つまり、あの依頼掲示板に群がる冒険者のほとんどがDランク以下で、それ以外はわざわざおしくらまんじゅうに加わるただの物好きだということだ。
「それでしたら、ラージボアの討伐はいかがでしょうか?肉の需要が高く毛皮も良質なので、一体のみの納品でも高く買い取ることができます。」
「ではそれでお願いします。すぐに行ってきますね。」
「あ、お待ちを。」
呼び止めたエマさんは、少し言い淀む。
「昨日の事なのですが……ミオさんの知り合いを名乗る方が登録されまして。本日また来ると―――」
「ミオ!やっと会えた!久しぶりだな!」
背後から掛かった、聞きなれた声。
それは、1カ月前に道を分かたれたはずの友人の声で。
「ルート!?何でここに!」
「冒険者になりに来たに決まってんだろ!それよりお前、スゲェの倒したんだってな!ティミーに話したら絶対喜ぶぞ!」
矢継ぎ早にまくしたてる彼のテンションは高い。確かに久々に会えたのは私も嬉しいが、それにしても高ぶり過ぎじゃないだろうか。
「あー……ごめん、ルート。再会は嬉しいんだけど、今ちょっと時間なくて。狩ってすぐ宿に戻らないといけないんだよ。」
「宿に?何かあったのか?」
「ちょっと事情があって。今、子供の面倒を見ててさ。」
その瞬間、ルートの顔色が変わった。
「……子供?」
「うん」
「……」
一拍、たっぷりと考え込んで。そして―――
「おまっ……結婚したのか!?」
「はっ、結婚!?してないけど!?」
「はぁっ!?っんだそのクソ野郎は!?どこのどいつだブッ飛ばしてやるっ!!」
「ちょちょ、待って待って!どういうことさ!?」
理解が追い着かない。
というかルートの豹変ぶりに恐怖すら覚えた、その時。
「だぁー!疲れた!もうしばらくは働きたくねぇ!」
こちらも、聞き覚えのある声。
「どうせ三日も経てば一文無しなんだ。嫌でもやらざるを得なくなる。」
「ドレイクの事だから、きっとまた夜の街でお姉さま方にたぁっぷり貢いじまうんだろうな。」
「それで、リーダー。今回の報酬はいくらだ?」
「少しは待てハルマン。受付が終わればすぐに分配する。」
入口の方を見れば、合同で護衛依頼を受けた『燃え盛る刃』の面々がちょうど戻ってきたところだった。
「お?ミオじゃねーか!なぁ、ちょっと聞きたいんだけどよ―――」
「お前かああァッ!!!」
次の瞬間。
気づいた時には、ドレイクに向かって突然ルートが殴り掛かっていた。しかもその顔は、憤怒に歪んでいる。
「うぉっ!何だテメェっ!!俺とやろうってのか!?」
「テメェが父親かこの野郎!!」
「はぁ!?」
(どういうこと!?)
完全に話が飛躍している……いや、飛躍どころの話じゃない。
「ぶっ飛ばしてやるこのクズ野郎!!」
「なんか知らんが……いいぜ、相手してやる!!」
突然の凶行に始まり、二人は完全に戦闘態勢だ。
そこへ、ギルドの上階から破壊音を響く。
階段から降りて来たのは、支部を統括する桃色兎だった。
「お、喧嘩~?いいよぉ~支部長権限で許可しちゃう!やっちゃえ!」
まさかの止める気ゼロ。ただまあ、そんな気はしていた。
けれども、お目付け役はそうではない―――
「ダメですよ。そこの二人!やるならせめて外でやりなさい!……それと支部長、またドアを蹴破りましたね?」
「アッ」
―――はずだった。こちらもまた、止める気なし。
「副支部長のお達しだ!ドレイクもお相手さんも表に出ろ!」
ヴィメルはニヤリと笑って、一応秩序だった行動を促し……
「さぁ~はったはった!アムヌーでも指折りの剣士ドレイクと、無名の新人がタイマンだよ~!」
ランデルはこれを機に一儲けするつもりなのか、周囲から賭け金を集め始め……
「リーダー、とりあえず報酬を受け取って来てくれ。私は今すぐにでもこの場を離れたい。」
ハルマンは相変わらず空気を読まない。
彼らだけでなくロビー全体がお祭り騒ぎとなり、自然と中央の二人を囲んで出口までの道を作るように人波が割れる。
しかし、唯一その場に残って止める者が居た。
「いい加減にしろ。」
その声は決して怒鳴っていたわけでも、大きかったわけでもなかった。
それでも彼が発したたった一言が、目の前のルートとドレイクはもちろん。それを囲んで囃し立てていた野次馬全員を、ピタリと凍りつかせたのだ。
威圧。それだけで場を制圧する『格』。
曲者ばかりのパーティをまとめ上げて来たクレイグの真骨頂だった。
「……はぁあ。リーダーがそう言うならしかたないかー。」
ランデルの間延びした声がロビーに寂しく響いてから、ようやく喧騒が戻るのだった。
***
「えぇ!?私が子供を生んだと思ってたの!?」
「わりぃ……俺の早とちりだった。」
「私が村を出たの一カ月前だよ!?どうやって産むのさ!」
「言うなよ。俺だってわかってる……」
「しかも相手はドレイクさん!?ないないない!」
「ぐぉっ、なんか突然刺されたんだが……」
一部にダメージは残ったが、誤解は解けた。
しかしなぜそんな勘違いをしたのだろうか。そもそも私は男とあれやこれやするような性質じゃない。
それは2年間村で触れ合った彼もよく知っているはずだ。
「まぁ、ただの勘違いでよかったな。」
ヴィメルが肩をすくめる。
「それで、その子供というのはどういう話なんだ?」
「実は―――」
事情を説明すると、全員の表情が納得へと変わった。
「なるほどな。」
「ルート君、だったかな?それにしても君、ウブだねぇ。可愛い勘違いするじゃねぇの。」
茶化すのはやはりランデル。対するルートの顔は苦々し気だ。
「うるせぇ」
「まさかミオに気が―――」
「ランデル。」
「はいはい、黙りまーす。」
当然、止めたのはクレイグだ。
一言睨みを利かせるだけで、お調子者は粉砕されてしまった。
やはりクレイグ。クレイグは全てを解決する。
「……おいリーダー。話が終わったなら早く報酬を受け取って来てくれ。」
「ああ。分かっている。」
このパーティの緩い空気と、ガヤガヤと騒がしいギルドのロビー。
日常が戻ってきた。そんな気がする。
(面倒なこともあるけど……悪くない。)
つらいことも、嫌なこともある。
けれど、生きていれば楽しいことだってある。
(あの子にもいつか、こんな『普通』を感じられる日が来るといいな)
そう思いながら、私はギルドを後にした。
あとがき
予告から早々に登場しましたね……この男。
さて、そんなこんなで今回めでたく再登場を果たしたルート君。実はこの後の役回りが全く決まっていません()
何となく出したくなったから伏線拾って再登場させましたけど、しばらく彼が出る幕は無い気がします。だって主人公は黒猫少女と仲を深めないといけませんし……
それはともかく、今回は初めてのトラブルギャグを書いてみました!やっぱり書き慣れない展開は難しいですね……
というか、今回はアムヌー編のキャラがほとんど全員登場したんじゃないですかね?
中々愉快な話になって何よりです。




