第75話 ハグはまたいつか
第2章 曙光と絆の先へ
第3幕 昼夜兼行
第75話 ハグはまたいつか
少し遅くなりましたが、10,000PV記念として本日は2話連続投稿となります!
《お知らせ》
第74話のあとがきに《蛇足》として魔法に関する追加情報を付け足しました。
また、第49話との整合性を取るため前回の魔力消費量に関する本文を変更しました。
「お、や~っと戻ってきた!」
ロビーで待っていたのはキリベルカさん。
戦闘の直後に会い、ギルドで手続きをする間、黒猫少女を見てもらっていたのだ。
「すみません、子守りのような真似をさせてしまって。」
「いいよ~子供は好きだし。けどこの子はちょっと……おとなしすぎるかもね。」
少女を見守る彼女の眼には、はっきりとした憐憫の情が浮かんでいた。
「これからどうにかできればいいのですが……」
「ま、それはミオちゃんとこの子の頑張り次第かな。じゃ、またね~。」
「はい。ありがとうございました。」
ギルドの上階へ去るキリベルカを見送り、改めて少女に向き直る。
ぼさぼさに伸びた髪。乾燥した肌と唇。
ささくれ立つ指先はところどころ裂け、痩せ細った四肢とこけた頬を見るが痛々しい。
(酷い……盗賊共はどうしてこんな風になるまで放置できるのだろうか?人の心が無いのか?)
胸が痛むと同時に、煮えたぎるような怒りが湧く。
ただし表に出せば無駄に怯えさせるだけだ。静かに息を吸い込み、細く吐き出す。
「……まずは宿に戻ろうか。ゆっくり休むのが一番だからね。」
出来るだけ声音は柔らかく、穏やかな声で告げる。
身体的接触も極力避けよう。今はまだ、何が彼女の負担になるか分からない。
ただ人通りの多い通りで逸れるわけにはいかない。今はまだ日も傾く前の時間帯で、ギルドのある通りは人が多から―――
「―――手だけ、繋ぐね。」
返事は無い。
拒絶もないけれど、それは彼女が断れないだけだ。
再度静かな怒りを落ち着けながら、そっと手を取った。
細く、軽い。力を籠めれば簡単に折れてしまいそうなほどに。
ゆっくりと歩き出し、優しく手を引く。
人ごみの中後ろを見ると、ふらふらと頼りない足取りが目に入った。できるだけ歩調を落としているが、それでもつらそうだ。
(この様子だと、まともな食事もとれていなかったんだろう。なら、夕飯は消化の良い物がいいか。小さなつくねとトロトロの野菜を煮た生姜スープあたりがいい。)
そんなことを考えながら歩いていれば、見慣れた看板が目に入る。
『春のよもぎ亭』。アムヌーに来て初めて泊まってから、一度も変えていないその宿に着いていた。
「女将さん、戻りました!」
「おやお帰り!アメーティアスまで行ってきたんだろう?随分早かったねぇ。」
カウンター越しに、いつもの快活な声が返って来る。
「相棒のおかげです。」
「そう言えばドラゴンの従魔が居るんだったかい?うちに入れてあげられなくてごめんよ。」
「いいんです。あの子、街の中が苦手みたいなので。」
「そうかい?……おや?後ろの子はどうしたんだい?」
女将の視線が少女に向く。
「盗賊を討伐した関係で面倒を見ることになりまして。私の隣にこの子の部屋って取れますか?」
「そりゃ大変だ。部屋は空いてるから大丈夫だよ。もし無かったら、あいつらのケツを蹴り飛ばしてでも空けさせるところだけどね!」
相変わらず豪快で情に厚い人だ。
……お客さんのケツを蹴るのは問題な気もするけれど。
「とりあえず一週間お願いします。」
「二部屋で一週間だと、中銀貨28枚……だけど事情も事情だし、おまけして25枚でいいよ。」
「ありがとうございます。」
「まいど!」
***
「さてと……」
少女をベッドに座らせる。
私は対面するように椅子に腰を下ろした。
俯いた彼女の表情は、長い前髪に隠れて見えない。
けれど縮こまるその姿からは、恐怖がはっきりと伝わってきた。
(……急ぎ過ぎないように。)
小さく息を吐く。
「まず最初に、君に知っていて欲しいことがある。一つ目は、君はこれから私と一緒に暮らすこと。」
反応は無い。
それでもかまわず続ける。
「二つ。これが一番大切なんだけど―――」
一瞬だけ、言葉を切る。
「―――私は、君を傷つけない。」
変化はない。
当前だ。彼女の経験からすれば、口約束など何の保証にもなりはしないだろう。
「三つ目。私は君に心も体も健康でいてほしいと思ってる。そのためになら、出来ることは何でもするつもり。」
それでも、私の口から言うことに意味がある。彼女が聞いていることに意味がある。
今、納得してもらう必要なんかない。この言葉が嘘じゃなかったのだと、そう思える時がいつかくればそれでいい。
「とりあえずはこの三つ。私と君の約束だ。」
やはり、その様子に変化はない。ただ少しだけ、震えが収まっているような気がする。
少しは安心してくれたのだろうか?私の対応はこれであっているのだろうか?疑念と迷いが脳裏を駆ける。
今は信じることしか出来ない。これでいいはずだと。
「じゃあ三つ目の約束を守るために、まずは君のケガを治そう。魔法をかけるからじっとしててね―――」
軽く魔力を引き出し、彼女の頭に手をかざす。
「”光癒”、”光福”」
淡い光が少女を包み込む。
やがて光が消えた時、ヒビ割れていた指先の傷口はキレイに塞がっていた。
その瞬間……
ピクリ。
彼女の指が、わずかに動く。
震えが止まり、ゆっくりと自分の手を見つめてから、そっと握り込んだ。
(よかった……)
心の奥でほっと息をつく。
少女の心は死んでいない。痛みを感じるし、それが治ったことも認識できる。
ちゃんと……生きているんだ。
「あとは……私のおさがりで悪いんだけど、服もあげるよ。」
虚界門を開き、寝巻用にしている浴衣や外着用の和服セットを取り出す。
「少し大きいけど、裾上げをすれば着られると思う。新しいのは、落ち着いたら一緒に買いに行こう。」
服飾店でのオーダーメイドは高くつくが、稼ぎの多い冒険者が防具のオーダーメイドをするのは珍しい事でもない。
今の私が服を何着買ったところで家計が揺らぐようなこともないし、ためらうような出費ではない。
「これは今から君の物。今の服から着替えるのもいいし、今のが気に入ってるなら着替えなくてもいいよ。」
押しつけず、最終的な決断は少女にゆだねる。
視線を合わせようとはしない。ただ、届くように祈って言葉を置く。
……触れたい。
そう思う。抱きしめてやりたいと。
けれど、それはまだ早い。
(ハグは……またいつか。)
「私は隣の部屋で晩御飯を作って来るけど、何かあったらいつでも呼んでいいから。
立ち上がる。
「ごはんができたら、また来るね。」
扉を開いてふと振り返ると、少女は変わらず俯いたままだ。
それでも、さっきのような震えはない。
拒絶されなかった。それだけで十分な一歩だ。
身体の傷は魔法で癒せるが、心の傷はそう簡単にはいかない。だからこそ、小さな変化を積み重ねていくのだ。
焦ることはない……そのはずだから。
あとがき
~~~っ、早く二人の絡みが書きたいっ!でもまだ早い!気が早い!
作者としてこの先の二人を知っているからこそのもどかしさがありますが、それが解消されるのはもう少し先の話。今はまだ主人公と私がやきもきするターンです。
あとはそろそろあの男が本編に戻って来るかも?という時期でもあります。
あの男関連では、ちびっこ4人組にも一応かなり先で主人公との接触点がある予定だったり?
本当に先も先の話になりそうなので、あの子たちが好きな方には長い事お待ちいただくことになるかもしれませんね~




