第96話 静寂ならざる旅立ち
第3章 渦巻く陰謀、邪悪の残滓。
第2幕 久別重逢
第96話 静寂ならざる旅立ち
「用意は良い?」
「いつでも行けます。」
衝撃の真相が明かされた翌々日。私とミラ師匠は開門直前の東門の門前広場で待ち合わせていた。
「くれぐれも気をつけてね、お二人さん。」
見送りに来てくれたのは、近頃何かと接点のあるキリベルカさんだ。
「あたしが付いてるんだから心配ないでしょ?」
「実質Sランク冒険者が護衛してくれているわけですからね。頼もしいことこの上ありません。」
体調はまだまだ本調子とは言えないのだが、体を動かさなければ筋力は戻らないし、これ以上ヴァルやノエルを待たせるわけにもいかない。リハビリもかねて徒歩での旅程となった。
「油断しちゃダメだよぉ?いつだって冒険者を殺すのは慢心なんだから―――あ、もう門が開き始めたみたい。」
ザリザリという門が開く音が門前広場に響き渡り、集まっていた商人や冒険者たちのざわめきが大きくなってゆく。
「よし。じゃ、またどっかで会うのを楽しみにしてるよ―――ち、び、ウ、サ、ちゃん?」
門から目を離したミラ師匠がニヤリと嫌な笑みを浮かべてそう言うと、キリベルカさんはあっけにとられて、それからわなわなと怒りを滲ませ始めた。
「ちょっ……!それ、どこで聞いたのぉっ!?ミラが来てから私孤児院行ってないんだけど!」
「いやぁ、あたしのファンだっていう少年が色々教えてくれたもんで。昔に比べて随分丸くなったらしいじゃん。」
「ぁんのガキんちょ~っ!ミラっ、次その名前で読んだら冗談抜きで殺すから……ッ!!」
羞恥に頬を染め、怒りに全身の毛を逆立たせる様子まさに噴火寸前の火山である。
しかしミラ師匠はその姿を見ても余裕な態度を崩さない……というか、まだまだ煽る気満々のようだ。
「でもぉ~、今の私はSランク冒険者だよぉ?Aランクで引退しちゃったウサギさんが叶う相手じゃないんじゃなぁい?」
「どこまでッ!人をッ!バカに、すればッ!気が済むのぉッ!!?」
キリベルカさんは抑えきれなくなった苛立ちから地団太を踏んだ。本来であれば、10歳程度にも見える彼女のそれは可愛らしく見えることだろう。
だが元Aランク冒険者としての彼女の身体能力たるや凄まじく、叩きつけられた足は敷き詰められている石畳をカチ割り、地面を振動が駆け抜けた。
周辺の人々は突然の騒動に驚いてどよめいているが、ここまで来てもなお、ミラ師匠はニヤケ面を崩さない。
私としては色々と問題になりそうなのでいい加減止めて欲しい所なのだが、この人が私の言うことをまともに聞いてくれないため手が付けられない。
はたして一体どうこの場を治めたものか……と苦心していると、この場を掌握するにふさわしい人物の、頼もしいと同時に恐ろしい声が響いた。
「支部長。ここで一体、何をされているんです?」
そう。冒険者ギルドアムヌー支部の裏番、ギネートさんである。
頬を痙攣させているが、普段は無表情の彼が微笑の仮面を張り付けている。しかも漏れ出した怒気のせいなのか、彼の周囲は陽炎のように揺らめいており、背後にははっきりと般若のイメージが浮かび上がっていた。
「あ、こっ、これはっ―――」
「無断で仕事を抜け出した挙句、支部の設備だけでは飽き足らず領主の所有物である石畳にまで手を出すとは……怒りや呆れを通り越して、かける言葉も見当たりませんね。」
「あわ、あわわわ……」
感情の発露で石を砕く元Aランク冒険者を、言葉とオーラだけで威圧し、即座に鎮圧する手腕は流石と言わざるを得ない。
「……そ、それじゃあ、あたしたちは急ぐから!またどっかで会えると良いな、ベル!」
「えぇ!?ちょっ、ミラも同罪でしょ!?」
「すみません、あんまり遅くなるわけにもいかないので!お先に失礼します!」
「ミオちゃんまで!?そんなっ、―――薄情者ぉっ!」
切実で、情けない声が背後から聞こえてくる。けれどそれも、般若の説教が始まりを告げた後は大人しく鳴りを潜めるのだった。
***
「はぁ……とんだ災難だった……」
「師匠が煽るのが悪いんでしょう。あんまりひやひやさせないでくださいよ、私は病み上がりなんですから。」
「うっ、すまん……」
どうやらあそこまでの大ごとになってようやく反省に至ったらしい。
しかし石畳が砕かれた時点で下手をすれば投獄もあり得る大騒動だ。本音を言えば、もっと早い段階で気付いて欲しかった。
「ま、まぁ、ともかく予定通り出発は出来たんだし、いい物が見られたと思っておこう。」
「終始キリベルカさんがかわいそうなだけで面白くはありませんでしたが?そもそも、結果衛兵よりも先にギネートさんが来てくれたからよかったものの、あれでさらにヒートアップしてたらアムヌーが大惨事ですよ。」
「いや、ベルもそこは自重するでしょ……?」
「地団駄で石畳割った時点で自重できていないのでは?」
「あ~……ダメっぽそうな気がしてきた。」
「はぁ……」
この人は、誰か手綱を取る人がついてないといつか大変なことになる気がする。
もしかしたら、今まではお母さんがその一人だったのかもしれない。……そう思うと一抹の寂しさを感じずにはいられなかったが、それはきっとミラ師匠にとっても同じことだろう。
「ほんと、頼みますよ?」
「分かったよ。」
内心ですこし感傷に浸っていた私が彼女の方を見ると、その顔には絶対に納得していない、不服を絵に描いたような表情が浮かべられていた。
(本当に、大丈夫かなぁ……)
***
Side キリベルカ
「あ、あの……ギネート、さん?」
「何でしょうか、私が居なければ投獄されていたウサギさん。」
ギロリ……と、私を射抜いた彼の眼光は、いつか登ったセイ=アラミーア大山脈の猛吹雪の中よりも冷たい。私は兎人族の中でも寒さに強い桃兎族だが、体の芯から熱を奪っていく彼のオーラには一切関係が無かった。
「確かに!確かに、私が悪かったよ!それはきちんと理解したし、今後は備品とか設備とかにもちゃーんと気を付けるようにするよ?だからさ?ずぅっと私を威圧するのは、やめてくれないかなぁ……なんて……」
「……えぇ、そうですね。今回に関してはあなたも十分反省しているようですし、先方の恩情により『結果として』大事になることもありませんでした。それに一つのことでいつまでもネチネチと責め立てるのも大人げない。」
「それじゃあ―――」
「―――それでは、今日一日真面目に仕事をこなすのであれば、明日以降私も態度を改めることにしましょう。」
「ええぇ!?それってつまり、今日はずっとその調子ってことぉっ!?」
「自業自得です。反省したとは言え、いくらかその身に刻んでおいた方が良いでしょう。幸い私がこうしていると、あなたは大層ストレスに感じるようですから。」
「そ、そんなぁ……」
私の支部長史上最悪の一日が、遂にやってきてしまった。……と、そう絶望する私を横目に、ギネートは雰囲気を切り替えて語りだした。
「それに、こんなことをしている場合ではありません。」
やけに緊迫感がある声音からして、相当重大な何かがあるらしい。私もペンを置いて居を正し、至って真面目に聞き返す。
「何かあったの?」
「……例の、氷星に関する極秘事項が漏洩したようです。今市井ではその手の噂が眉唾物として広まり始めています。」
「はい~!?いやだって、それを知ってるのって現状私と君と、あとミオちゃんとミラぐらいでしょ!?何で漏れてんのぉ!?」
「応接室に魔道具が仕掛けられていたか、小型の従魔が侵入したか、もしくは―――支部にネズミが潜り込んだか。いずれにせよ防諜の強化は喫緊の課題であり、噂への対応も考えねばなりません。その上通常業務もありますし―――あなたの場合はこれまでに溜め込んだ業務までありますから。……しばらくそのデスクからは離れられませんね。」
「……あぁ…………」
ギネートは真っ黒な微笑みを浮かべ、私は困惑と絶望とが入り混じった、魂が抜けるような声を漏らすのであった。
Side END
あとがき
久々のコメディがかけた私は満足です!
近頃は主人公の周りの人間が少なく、私がしっかりと頭を働かせないと場面が進みませんでした。
しかしこうしてキャラクター同士の掛け合いを書いているときが一番楽しくて、そして一番筆が進むんです。
……まぁ、あんまりキャラクター任せで喋らせるとたまにキャラ崩壊が起きたり、一場面が長くなりすぎたりもしますが、それでもこういう世界観設定とか思惑とか心情とか、そういう面倒くさい事を全て放り投げて執筆できる話はとても気が楽です。
さて、これにて第3章後半戦の幕は切って落とされました!
アムヌーを揺るがしたツェアトロン異変、ミオが死力を尽くした蒼龍との戦いなど、世界的な視点で見ても十分大事件であったこれまでの第3章ではありますが、このあとの後半戦でも主人公には戦いや面倒事からは逃れられない運命が待ち受けています!
何故って?そりゃ、何てったって「主人公」ですからね!




