第2話 彼らは戦争を止めなかった
空を埋め尽くした円盤は
何もしてこなかった。
十二月三十一日。
午後三時十八分。
『地球再生計画を開始します』
その文章が表示されてから
三十分が経っていた。
攻撃はない。
爆発もない。
ただ巨大な円盤だけが
東京の上空に浮かんでいる。
「再生って何だよ」
誰かが呟いた。
答えられる者はいない。
僕たちは地下駐車場へ戻った。
スマートフォンには
あの文章が残っている。
電源を切っても消えなかった。
再起動しても同じだった。
『地球再生計画を開始します』
まるで
僕たちの端末ではなく
別の何かに
支配されているようだった。
午後四時。
通信状況が突然改善した。
圏外だった端末に
一斉に電波が入った。
ニュース映像も流れ始めた。
「見ろ」
一人が画面を見せる。
映っていたのは
東京ではなかった。
ニューヨーク。
ロンドン。
パリ。
北京。
シドニー。
世界中の空に
同じ円盤が浮かんでいた。
数百ではない。
数千。
それ以上かもしれない。
世界中に
彼らは来ていた。
だが
もっと奇妙なことが起きていた。
「これ……」
映像を見ていた女性が
画面を拡大した。
戦争が
止まっていた。
正確には
止められていた。
飛行中だった戦闘機が
空中で静止している。
ミサイルは発射されない。
戦車も動かない。
軍事基地では
兵器のシステムが
一斉に停止していた。
核兵器も同じだった。
残されていた核弾頭は
すべて使用不能になったと
報道されている。
「できるんじゃないか」
男が言った。
「何が?」
「戦争を止めることだよ」
誰も答えなかった。
僕も
同じことを考えていた。
これだけの力があるなら
なぜ三日前に
止めなかった?
最初の核兵器が
発射される前に。
人類の半分が
死ぬ前に。
彼らなら
できたはずだ。
午後五時十二分。
世界中の端末に
新しい通知が届いた。
『質問を受け付けます』
意味を理解するまで
数秒かかった。
誰に?
どうやって?
その下に
入力欄が現れた。
「本当に
質問できるのか?」
一人の男が
スマートフォンを操作した。
『あなたたちは何者ですか』
送信。
数秒後。
返事が来た。
『管理者です』
地下が静かになった。
「管理者……」
第1話でも出てきた言葉だった。
管理規定。
観察段階。
そして今度は
自分たちを管理者と呼んだ。
別の女性が質問した。
『地球を管理しているのですか』
返事はすぐに来た。
『はい』
誰も笑わなかった。
冗談だと思える状況ではない。
僕は自分のスマートフォンを
取り出した。
聞きたいことは
一つしかなかった。
文字を入力する。
『なぜ戦争を
止めなかったのですか』
送信した。
返事は来ない。
十秒。
二十秒。
三十秒。
他の質問には
数秒で返していた。
「無視された?」
隣の女性が言った。
その瞬間
画面が光った。
『介入条件を
満たしていなかったためです』
僕は眉をひそめた。
条件?
『核兵器が使われるまで
介入できなかったということですか』
送信。
今度はすぐに返ってきた。
『正確には異なります』
続けて文章が表示された。
『核兵器の使用ではなく
文明存続確率が
規定値を下回った時点で
介入条件が成立します』
意味が分からなかった。
文明存続確率。
規定値。
まるで人類の未来を
数字で監視していたような
言い方だった。
僕はもう一度入力した。
『いつから
人類を見ていたのですか』
送信。
返事が来た。
『人類発生以前からです』
誰かが息を呑んだ。
僕は画面を見つめた。
人類が生まれる前?
それなら
何を観察していた?
午後六時を過ぎたころ
円盤に動きがあった。
巨大な船の底から
無数の青い光が降り始めた。
東京だけではない。
世界中で
同じ現象が起きていた。
光の中から
何かが降りてくる。
人間ではない。
細長い体。
灰色に近い皮膚。
大きな黒い目。
僕たちが昔から
宇宙人として描いてきた姿に
驚くほど似ていた。
だが
実物を目の前にすると
宇宙人という言葉では
軽すぎる気がした。
彼らは武器を持っていない。
逃げる人間を
追いかけることもない。
ただ街を歩き
地面に何かを設置していく。
青白い装置だった。
一台。
また一台。
一定の間隔で
置かれていく。
その装置から
光が地面へ染み込んでいった。
すると
信じられないことが起きた。
黒く焼けた地面から
小さな緑色が現れた。
「草……?」
誰かが言った。
間違いない。
芽だった。
何も生えないと思っていた
焼けた土地から
植物が出ている。
彼らは
壊しているのではない。
直している。
本当に
地球を再生しようとしている。
それなら
僕たちを助けに来たのか。
そう思った瞬間だった。
僕のスマートフォンが震えた。
『個体確認を開始します』
新しい文章だった。
その直後
目の前にいた一体が
こちらを向いた。
黒い目が
僕を見ている。
逃げようと思った。
だが体が動かなかった。
彼はゆっくり
僕の前まで来た。
手には
何も持っていない。
その目が
青く光った。
スマートフォンが震える。
画面に
数字が表示された。
僕の生年月日。
身長。
体重。
血液型。
過去の病歴。
知られているはずのない
情報まで並んでいく。
そして最後に
見覚えのない文字が現れた。
『個体番号
H-2026-071843』
「個体番号……?」
僕には
そんな番号はない。
彼らが付けた番号だった。
さらに画面が切り替わった。
『観察期間
10957日』
僕は計算した。
手が震えた。
約三十年。
僕が生きてきた時間と
ほとんど同じだった。
「待てよ……」
生まれたころから?
違う。
第1話のメッセージを
思い出した。
観察段階を終了します。
彼らは
三日前から
人類を見ていたのではない。
僕たちが文明を築くより
ずっと前から見ていた。
目の前の高等生命体が
初めて口を開いた。
声ではなかった。
頭の中へ直接
意味だけが届いた。
『観察を終了します』
僕は聞いた。
「僕たちは
何だったんだ?」
彼はしばらく
僕を見ていた。
そして答えた。
『次の段階で
説明します』
スマートフォンが震えた。
新しい画面が開く。
そこには
人間だけではなかった。
犬。
猫。
鳥。
魚。
昆虫。
植物。
細菌。
地球上の
無数の生命が並んでいた。
そのすべてに
個体番号が付いていた。
画面の一番上には
見たことのない項目名があった。
『地球生命実験
対象個体一覧』
僕は
何度も読み返した。
実験。
その二文字だけが
頭から離れなかった。




