【VOICE~日本酒奇譚~ #05】初めて選んだ日本酒
初めて、自ら選んだ日本酒を購入した俊は、軽快な足取りで帰宅した。
「ただいまぁ。」
「おかえり。どうしたの?その袋。」
「あぁ、これ?日本酒。」
「あら、珍しいわね。」
「ちょっとね。買ってみたくなっちゃって。」
「ほら。」
俊は、袋から日本酒を取り出し、母に見せた。
その様子は、少し照れくさそうだったが、どこか誇らしげにも見えた。
「へぇ〜鯨のラベルが可愛いわね。」
「でしょ。高知のお酒だって。」
母に日本酒をお披露目し、満足げな俊は、会話を済ませると3階にある自室へと戻った。
『さぁて、風呂入ったら酔鯨を飲むぞ!』
期待感に胸を膨らませながら、記念すべき開栓の儀に向けて用事を済ませる。
浴室には、俊の鼻歌がこだましていた。
それは、窓からこぼれ、ご近所さんにも聞こえていたことは容易に想像がつく。
ーー
浴室歌謡が終わり、髪を乾かした俊は、冷蔵庫で冷やしていた日本酒「酔鯨 特別純米酒」と酒器を持って自室へと向かった。
階段を上る足音もどこかリズミカルに聞こえる。
『よ~し、開けるぞ~初の家飲みってやつだな♪』
いよいよ開栓の儀である。
クルッ…クルクル…
スクリューキャップを開けた瞬間、決して派手ではないが、心地よい香りがふわりと鼻をくすぐった。
『今まで飲んだ日本酒と香りが違うな…』
鮮やかなブルーが映える、ガラス製のお猪口に注いでいく。
トクトクトクッ…
「いただきます…」
初めて自分で選んだ日本酒の一杯。
特別な想いで一口目を味わう。
『うわ、なんだろう…なんか旨味がある…』
『美味しい…』
これまで味わった純米吟醸の2本とは違った美味しさに、俊は感動した。
「いやぁ~嬉しいねぇ!」
「それにしてもキミの部屋、なかなかお洒落だねぇ!ヒック!!」
「おわぁ~!びっくりしたぁ!!」
「ていうかデカっ!!!?」
俊の目の前に「酔鯨 特別純米酒」が姿を現した。
「おっと、脅かしてごめんよ~ヒック!!」
かなり大柄の男だ。
額には波模様のバンダナ、もみあげから続く白髪交じりの顎髭は三つ編みで結ばれている。
小汚いのかお洒落なのか、紙一重の風貌だが、喋り方はおっとりとしていて親しみやすそうだ。
ただ、ずっと頬が赤い。明らかに酔っている。
『うわぁ…マジで酔ってんじゃんこの人(笑)』
酒屋で聞こえていた「ヒック!」は、やはり酔った時のしゃっくりだったのだ。
『まぁ、酔鯨って名前だし、そりゃそうか。』
俊は、その個性あふれるキャラクターが嫌いではなかった。
むしろ段々と面白いとさえ思えてきたほどだ。
そして、なぜか嬉しそうでもある。
初対面で気の合う友人を見つけた時のような親近感を覚えた俊は、酔鯨との会話を始めた。
「このお酒、すごく味が濃いというかお米の旨味?みたいなのを感じます。」
「僕、結構こういう味わい好きかもしれないです!」
「よく分かったねぇ~お米の旨味とキレのバランスの良さが僕の特徴だからねぇ~」
「そうなんですね!」
「気になってたんですけど、なんで純米酒の前に″特別″って付いてるんですか?」
「う~ん、良い質問だねぇ~」
「一番わかりやすいところで言うと精米歩合かなぁ~ヒック!」
「あ、精米歩合!さっき酒屋で聞きました!!」
「そうそう、簡単に言うと精米歩合が60%以下だったり、特別な造り方をしていたりする純米酒には、『特別純米酒』って名前を付けられるんだよねぇ~」
「へぇ~! そういう決まりがあるんですね!」
「うん。もちろん、特別な造り方をしている場合は、その内容も表示する必要があるんだけどねぇ~ヒック!」
俊の好奇心に火がついてきた。
まだまだ酔鯨との会話は続きそうだ。
「そうなのかぁ!やっぱり日本酒って奥が深いですね!」
「うんうん。あ、そうだ!僕をもっと楽しみたいなら…」
酔鯨はそう言って、俊が用意したテーブルのおつまみを見た。
「さきいかとおかきのミックスかぁ…悪くないけど…」
「家にイカの塩辛とかクリームチーズとかあったりする?」
「え?あ、いや、ないですけど…」
「でも隣がコンビニなんで、すぐに買ってくることは出来ます!!」
俊は、まだ理解しきれていなかった。
だけど、間違いなく素晴らしい時間になることは確信出来た。
そのため、急いでコンビニへ向かい、イカの塩辛とクリームチーズを買ってきた。
「買ってきました!!」
「おぉ~ヒック!お疲れさん。じゃあ、それと一緒に飲んでみて。」
俊は、酔鯨に勧められたとおり、2種類のおつまみをそれぞれ別々に日本酒と合わせてみた。
「あれ、美味しい!美味しいですよこの組み合わせ!!」
「イカの塩辛の旨味とクリームチーズの濃厚な味わいを綺麗に受け止めるというか、流してくれる感じ!」
「なんていうか両者が活きるような!」
初めてのペアリング体験に俊は感激した。興奮した気持ちが抑えられない様子だ。
「へへ、そうでしょう~」
「本当は土佐のお酒だからカツオと合わせてほしいんだけど、ヒック!それでも十分楽しめるペアリングだよ~」
「土佐?あ、そうか!高知の酒蔵だからカツオか!」
「そうそう、ヒック!うちの酒蔵のお酒は、食中酒を軸にしているからねぇ〜」
「地酒ってその土地の風土が詰め込まれて出来てるから、その土地の食材と合わせると美味しく飲めるんだよぉ…ヒック!」
「へぇ……。その土地のお酒には、その土地の料理かぁ…」
「酒蔵の特徴を知るのも、日本酒を楽しむポイントなのかもしれないですね。」
俊は、手元のお猪口を見つめた。
今まで日本酒といえば、飲み会で出てくるものという印象しかなかった。
けれど、酒屋で自分の好みのお酒を選び、酒そのものの個性を知り、料理と合わせることで、その美味しさがさらに広がっていく。
こんな楽しみ方があったなんて、知らなかった。
「うん…やっぱり日本酒って知れば知るほど面白いです!」
「そうでしょう~これからも色々な日本酒とペアリングを楽しんでみてよ!」
「今日は僕を選んでくれてありがとう~またねぇ~ヒック!」
「あ、ありがとうございました!!」
酔鯨は、俊の目の前から姿を消した。
その後も俊は、酔鯨との会話の余韻に浸りつつ、酔鯨の味わいを嚙みしめるように堪能した。
俊にとって、初めて自分で選んだ日本酒を味わう体験は、大成功に終わったのである。
そして、俊はふと思う…
『全国には、どんな日本酒があるんだろう……』
北海道から沖縄まで。
それぞれの土地で造られる酒。それぞれの土地で親しまれている料理。
まだ出会ったことのない味が、きっとたくさんある。
『全国の日本酒、全部飲んでみたいな……!』
それは、ほんの思いつきだったのかもしれない。
けれど、この夜。
自分で選んだ一本との出会いが、俊の世界を少しだけ広げた。
日本全国酒巡り。
その第一歩は、まだ始まったばかりだった。
★★★
■今回登場した日本酒■
酔鯨酒造(高知県高知市)
【酔鯨 特別純米酒】
原材料:米(国産)・米麹(国産米)
精米歩合:60%
アルコール分:15度
日本酒度:+7
酸度:1.6
米の旨みにキレの良い後口を組み合わせた純米酒。
香りは控えめで、酔鯨特有の酸味が特徴。お料理との相性が良く食中酒に最適です。
それでは、今日も乾杯!!
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