【VOICE~日本酒奇譚~ #03】酒嫌いが酒好きになった日。
あの日以来、俊は自分が体験した不思議な出来事について考えてばかりいた。
仕事中も、ふと気がつけばあの女性のことを思い出してしまう。
『あれって、本当に現実だったのかな……』
そんな俊のスマホに、一件の連絡が届いた。
「今夜、お父さんと浅草で飲むんだけど、俊もどう?」
金曜日、夕飯を作るのが面倒になったであろう母からの誘いだった。
『う~ん、まぁ、たまには行ってもいいか!日本酒にもまた挑戦してみたいし』
「いいよ!」
俊はすぐに返信をした。
その文面には表れていなかったが、どこか期待のこもった高揚感のある「いいよ!」だったに違いない。
ーーー
仕事を終えた俊が向かったのは、両親行きつけの日本酒バー【酒の大桝 雷門店】。
浅草の酒屋が営むこの店には、全国各地の地酒がずらりと並んでいた。
『おぉ~すごい日本酒の量だ…』
『地酒って書いてあるけど、どういう意味なんだろう…』
その種類の多さに俊は圧倒される。
「いらっしゃいませ~!」
「あ、待ち合わせで。」
「あちらの席ですね~」
店員さんが案内してくれた席には、既に両親が到着していた。
「仕事忙しいの?」
「う~ん、まぁまぁかな。」
母の何気ない質問に答えながら、俊はメニュー表に目を落とした。
すると、ある銘柄が目に飛び込んできた。
「あれ?手取川!?」
「手取川って、あの手取川だよね?」
俊は、歴史に詳しい父に確認した。
「そう、上杉と織田のね。」
「やっぱり!」
戦国アクションゲームの影響で歴史好きになった俊は、少し興奮気味になっていた。
「じゃあ、僕この手取川ください!!」
お酒のスペックなど確認せずに即決で注文したーー
「お待ちどおさま~手取川です!」
細かな気泡が全体に散りばめられた、丸みを帯びたガラス製のぐい飲み。
その器越しに見える日本酒は、透き通るように美しい。
『これは美味しそうだ……』
ガラスアートが趣味の俊にとっては、この酒器に対しても少しテンションが上がった。
そして、早速、お酒を口にする。
『え…』
『美味しい…』
まるで水のようなクリアな味わいに俊は感動した。
「この日本酒すごい美味しいんだけど、なんで?」
俊はその美味しさを知るべく、メニュー表をもう一度見た。
「手取川…純米…吟醸…?」
「あ、また純米吟醸だ!」
俊にとっては日本酒の言葉で唯一知っている言葉だった。
「ん?銘柄の隣に書いてあるのは…?」
【手取川 純米吟醸 酒魂】
「さけ…たましい?」ーー
「いや、それは酒魂だね。」
『は!この声は!?』
びっくりした俊は後ろを振り返った。
そこには、真面目で実直そうな和装姿の男性が立っていた。
決して派手ではないが、どこか色気の感じるイケオジだ。
『この感覚…この前と同じだ…間違いない!』
「あの、もしかしてあなたは、この手取川ですよね??」
ほぼ確信していた俊は、最後の答え合わせのように男性に尋ねた。
「そうだよ。よろしく。」
気付いてもらえたことが少しだけ嬉しかった手取川は、クールさの中にもどこか喜びが隠せない返事をした。
「あの、このお酒、綺麗な味わいで感動したんですけど、これも個性なんですか?」
「うん。そうだね。造り方の違いとかもあるけど、それだけじゃないんだ。」
「えっ、どういうことですか?」
「日本酒は、その土地の水や米、気候、そして酒を造る人たちの想い。そうしたものが重なり合って、個性が生まれるんだ。」
「土地によって、そんなに違うんですか?」
「ああ。例えば、私たちの蔵がある石川県白山市。白山の恵みを受けた水や、この土地で育った米。そうしたものが、私たちの酒を形作っているんだ。」
「まさに地元の酒、地酒だね。」
「あ、なるほど!地酒ってそういう意味があったんですね。」
「キミ、名前は?」
「小川俊です。」
「俊くん、今はまだ私の言っていることが理解出来なくても良いんだ。」
「今は日本酒が美味しいという気持ちを一番大事にしてほしい。」
「あ、はい。分かりました!」
「あ、それと!ほかの土地の酒にも出会ってみるといい。」
「今日はありがとう。これからの成長を楽しみにしてるよ。」
手取川は、そう告げて俊の元を去っていった。
『美味しいと思う気持ちかぁ……』
俊は、もう一度ぐい飲みに口をつけた。
さっきと同じ日本酒なのに、今度は少し違った味わいに感じる。
『このお酒が生まれた土地のことを知ると、味わいまで違って感じるんだな……』
俊は、店舗に並ぶたくさんの地酒を見渡した。
『ほかの土地のお酒って、どんな味がするんだろう……』
『俺、もっと日本酒を知りたい。』
そして、ふと思った。
『……あれ?俺、日本酒好きかもしれない…』
ーーー
俺の名前は「小川俊」。
浅草生まれ浅草育ちの21歳。
職業は公務員。
酒は好き。
★★★
■今回登場した日本酒■
吉田酒造店(石川県白山市)
【手取川 純米吟醸 酒魂】
原材料:米(国産)・米麹(国産米)
使用米:(麹米)山田錦または百万石乃白、(掛米)石川門
精米歩合:(麹米)50%、(掛米)60%
アルコール分:15度
すっきりとした、喉ごし爽やかな吟香の絶妙な調和が特徴。
食中酒としても最適な一本です。
それでは、今日も乾杯!!




