第9話 ミネルラ国の姉弟
しぶしぶとリオ王子に付いてお城の奥へと行く。
大理石の廊下は驚くほど磨き上げられていた。
顔が映る。
……
どう見ても、強面のむさくるしいおっさんよ。
しかもガチムチだし。
げっ、もう髭が生えてるじゃないのよ。
朝きっちりと剃ったのに……
毎日、毎日、大胸筋や背筋、大腿四頭筋を鍛え上げるから、男性ホルモンが出まくって、髭の伸びが早いに違いない。
さぼろうにも、あたしの意志を無視して筋トレするから打つ手がないし。
細絹のような髪だったあたしが、いまはボーボーの剛毛なんて泣くに泣けないわよ。
リオ王子の濡れて輝くような金髪を見て、ため息を漏らした。
いいなぁ……
もうミネルラ国にいる必要ないし、あたしマイラス国に帰ってもいいかな。
アンドレアは置いとくからさ。
喜ぶと思うのよ、あの人は。
白い扉の前でリオ王子は足を止めた。
「ここは?」
「姉、リーナの部屋です」
いや、ちょっと待ちなさいよ。
マズいでしょ、それは。
いくらこの世界の常識に疎いあたしでもそれくらいは分かるわ。
許可もなく一国の姫の部屋に外国の将軍が入るなんて、何もなくったてヤッたと勘繰られるじゃない。
大問題よ。
一発、外交問題になるじゃないの。
「失礼仕る」
踵を返そうとすると、リオ王子が震える指で、あたしの埃まみれの服を掴んだ。
「お願いです」
お願いされたって、無理なものは無理。
「部屋には入れない」
きっぱりと拒否する。
「外交問題になる」
あたし、コンプライアンス違反はしたくないのよ。
リオ王子が唇を噛む。
「……では」
「もう……外交問題にはなってます」
「?」
あたしはリオ王子の顔を見た。
リオ王子は意を決したように顔を上げる
「私は……リオではありません」
「知っているが?」
「えっ?」
「知っているって……いつ……いつから?」
「出会ったときからな」
「な、なぜ……」
「抱き込んだ時、この身体が違和感を覚えた。それと、喉仏だな。変装するなら気をつけられよ、リーナ姫」
「……分かっていて言わなかったのは、なぜですか?」
「人はそれぞれ事情がある」
リーナ姫は息を吞んだ。
「やはり、会ってください」
「だから駄目だと……」
「中には弟が、リオがいます。私も同席しますから……それでも駄目だというのであれば……」
リーナ姫が自分の服に手をかけると
「あなたに乱暴されたと言います」
ちょっと、リーナ姫、あたしを犯罪者にする気?
人生終わるじゃない。
「ごめんなさい……でも、弟を守り、王位につけるためなら……」
リーナ姫の胸元の手がぎゅっと握り締められる。
「何と誹られようと構いません」
ここまで言われたらね。
「……分かった。話しだけだ」
リーナ姫が白い扉を二度叩き、一拍置いて三度叩いた。
カチャリ。
中から鍵を開ける音がする。
合図?
自分の居城の中でここまで神経を使うって普通じゃないわよ。
おもしろい……
って、また出たわね。
全っ然、おもしろくないから!
おもしろがる前に、お風呂入ってパックしたいのよ、あたしは。
年を取った侍女により扉が開かれた。
リーナ姫に続いて部屋に入ると、先ほどの侍女の他にもう一人年若い侍女がいた。
部屋は白と淡いピンクで統一されていた。
天蓋付きのベッド。
座り心地の良さそうなソファーには房付きのクッション。
大きな鏡の付いたドレッサー。
繊細な飾りのついたピアノらしき楽器。
窓にはレースのカーテン。
部屋を飾る花は大輪の薔薇。
部屋に香るは薔薇の芳香。
ため息が出そう。
まさに女子が憧れるお姫様の部屋だわ。
あたしもこんな部屋に住みたい。
あんな殺風景な中年オヤジの部屋なんか嫌だ。
実用重視の固い木のベッドに飾りっ気のない机と椅子。
鏡は雲って端が欠けているし、インテリアは鉄板のような盾や大剣、メイス。
モーニングスターが普通に床に転がっているなんてあんまりよ。
臭いし。
この部屋に住むいまのあたしを想像する。
······
アカン。
放送事故か怪奇現象だわ。
想像して、あたしの目は腐った魚のようになった。
「あ、あの、グリッソム将軍?」
リーナ姫があたしを見ていた。
「すまない。ちょっと身の置き所がなくてな」
「紹介します。弟のリオです。リオ、この方はマイラス国のグリッソム将軍よ」
リオ王子は少し青ざめた顔でクッション背にベッドボードに上半身を預けていた。
リーナ姫と並ぶと一瞬、双子かと思うほどよく似ていたが、醸し出される雰囲気が違った 。
為政者が纏う何処か冷たい空気のようなものがある。
身体を起こそうとするので止めた。
「怪我を負っているように推察いたす。どうか、そのままで」
リオ王子の眉がぴくりと動いた。
えっ、そんなこと見ただけでわかるの?
「なぜ、分かる」
リオ王子が抑揚を抑えた声で尋ねた。
そうよね、不思議よね。
「僅かに血と薬の匂いがしたのでな」
もしや、将軍ってドラキュラ?魔物?
ヤだ〜そんな得体のしれないひとの中にいるの。
そんなに匂いに敏感なら自分の加齢臭にも気づきなさいよ!
加齢臭の方が強烈でしょうが!
「ふっ、では、将軍の言葉に甘えようか」
「リオ······」
リーナ姫は心配気味にリオ王子に寄り添った。
「姉上、将軍には?」
リーナ姫が首を横に振る。
「そうですか······姉上、私から話します」
「リオ」
未成年ながら為政者の表情をしたリオ王子が何かを話そうとしたとき、首筋にちらりとした感覚がした。
「ねずみ、動くな」
と鋭い声を上げた。
えっ!?
ね、ねずみ?
きゃーっ、どこ、どこよっ?!
早く捕獲して、どっか他にやって!
次の瞬間。
パニックを起こしているあたしを歯牙にもかけず、身体だけが意志を持ったかのように動いた。
壁際にいた若い侍女の首を片手で絞め、壁に押しつけた。
く、首っ!
折れるからっ!
窒息するからっ!
侍女は首を絞めているあたしの手を外そうと足掻くが、この身体はびくともしない。
侍女さん、頑張って!
「殺気は最後まで隠しておけ」
リオ王子たちが息を呑んだ。
どこまで人間離れしたら気が済むのよ。
部屋の空気が凍った。
「さて、話してもらおうか」




