第10話 筋肉が勝手に受注しました
あの後、一分、一秒でも早くお風呂に入りたいあたしは、気絶させた暗殺者の侍女をアンドレアたちに引き渡し、事後処理を丸投げした。
後ろで何か叫んでいたけど、砂や埃を落とす方が優先と、あたしは念願のお風呂へと直行した。
ミネルラ国のお風呂はなんと、日本式!
洗い場あり、湯舟あり、シャワーもどきありで最高だった。
湯桶と腰掛けもどきの椅子を見たときは、思わず涙がでたわよ。
皮が擦り剥けるかと思うほど身体を洗い、心置きなく、二度シャンした。
髪をタオルで包み、湯舟に浸かった時なんて、極楽浄土を味わった。
ふうぅっと自然にため息が洩れ、ああぁーと感嘆の声があがった。
お風呂場に野太い声が響いたのはご愛敬。
マジで最高だった。
この国に滞在している間は朝風呂もしようと決心した。
ハイテンションで心ゆくまで入浴を満喫したせいか、湯あたり気味になり、身体を拭くのもそこそこに部屋から続く庭園に出た。
薄暮の庭園を渡る風が心地いい。
身近な石造りのベンチに腰を下ろし、持っていたヘアーオイルを置く。
濡れた髪をタオルで拭いた。
ごわごわのぱさぱさ。
髪のキューティクルは死滅していた。
髪の手入れに無頓着だったのがよく分かった。
仄かに柑橘系の香がするヘアーオイルを分厚い掌に垂らす。
それを両の掌に擦り付け、マッサージをするように髪につけていった。
ドライヤーがないのが不便よね。
生乾きだと髪が痛むのよ……
髪が乾くのを待ちながら、リオ王子から聞いたことを思い出した。
室内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
リオ王子の側にリーナ姫が寄り添う。
「父王の余命は幾ばくもありません。いつ容態が急変してもおかしくない……私はまだ若輩で、王としての権力を把握しきれていないいま、王位を簒奪するには絶好の機会……」
「それで暗殺か」
それって、時代劇でよくあるお家騒動じゃない。
怖いわ~。
「この怪我は先日の暗殺未遂によるものだ。その時、信頼していた武官を失い……それ以降、警護が手薄となっている。情けない話だが、私たちには打つ手がないのだ」
「……ふむ、それで入れ替わっていると」
「王位につくまで、やり過ごせれば……」
「お願いです、グリッソム将軍。弟が王位につくまで、私たちを守ってはくれませんか?」
「無理は承知だ。頼まれてはくれないだろうか、グリッソム将軍」
リオ王子とリーナ姫が懇願した……
思い出すとため息が出た。
いや、懇願されても無理でしょう。
他国の将軍が手を貸すなんて、内政干渉もいいところよ。
下手したら外交問題じゃない。
可哀想だとは思うけど、こればかりはねぇ。
さて、どうやって断れば、角を立てずに済むか……
その時、
カサリ。
「誰だ!」
誰何するように鋭い声を出した。
顔色を悪くしたリーナ姫がおずおずと姿を現した。
供も付けずに一人だった。
あたしは息をついた。
「城の中とはいえ、お一人で動くものではない」
「あ……あの、昼間のお礼を言ってなかったので……」
「兵士であれば、当たり前のことをしたまでだ」
筋肉熊が格好いいこと言ってる。
鳥肌ものだけど。
自分の腕を盗み見る。
……鳥肌が立っていた。
うん、そうよね……
あたしも聞いてて、恥ずかしさに転げまわりそうだもの。
「グリッソム将軍……」
「若い姫が、ここにいつまでもいるものではない」
「もう十八です」
えっ?
そんなに若いの?
よく見れば、お肌つるつるのぴっちぴち。
毛穴レスってなによ。
羨ましすぎる。
リーナ姫が十八ってことは、弟のリオ王子は何歳よ。
「リオ王子はいくつになられたのか?」
「弟は十六歳になりました」
十六……
十八と十六の未成年でこの国のために支え合っているんだ……
健気よねぇ。
「グリッソム将軍、やはりお力をお借りすることはできませんか?」
リオ王子の格好をしているとはいえ、女性の身体だから儚げなのよ。
普通の男性なら同情心から、ころりといってしまうな、きっと。
でも、あたしは二十八歳女性。
冷静に見極められる。
断ろうと口を開く。
「義を見てせざるは勇無きなりと申す」
は?
いや、いま義は関係ないから。
また、あたしの意思を無視した――っ。
「このホレイショ・グリッソム、お力になり申そう」
はぁっ?!
なに勝手に言ってんのよ!
一介の女子会社員にこんなお家騒動をどうしろっていうのよ――っ!!
リ、リーナ姫、ま、待って!
いまのは無し。
空耳よ、空耳。
「本当に?……ああ、グリッソム将軍。ありがとうございます」
お礼を言わないで――っ!!
筋肉が勝手に受注しただけだから!




