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第8話 話なんてないんだけど

一瞬顔を強張らせたリオ王子。

大丈夫よ。

あたしは分かってるから心配しなくていいわ。

リオ王子ににっこり微笑んだ。


「……獲物を前にしたときの顔だ」


「いや、あれは狙い定めたときの顔だな」


と後ろで兵士たちが失礼なことを言う。

失礼な。

どこが獲物を狙うときの顔よ。

友好的かつ親愛感満載じゃない。

ねえ、リオ王子、アンドレア。

二人に視線を移した。

固まっているリオ王子と陶酔しているアンドレア。

なに、この極端な差は……

いいけどさ。

とりあえず、自己紹介した方がいいと思うんだけど、挨拶の仕方どうすればいいのよ。

そのあたしの意思とは裏腹に、この屈強な体が信じられないほど滑らかに動き出し、軍人の礼を披露し始めた。

すっと顎を引き、背筋をこれ以上ないほど美しく伸ばす。

そのまま右手を左胸へと持っていき、拳を心臓の位置に強く当てた。

これ、知ってる。

マンガで読んだ。

軍人が絶対の忠誠、あるいは最大級の敬意を払うときの敬礼だ。


「ご無礼仕った。ミネルラ国第一王子リオ殿下にマイラス国が将軍、ホレイショ・グリッソムがご挨拶申し上げる」


あたしは再度、笑みを浮かべた。

正面のリオ王子はというと、あたしの挨拶に、いよいよ彫刻のように硬直していた。

アンドレアはというと、さらに陶酔の度合いを深めている。

ねえ、だから何なのこの極端な差は!

あっ!いま、あたしガチムチ最強将軍だった。

忘れてた。

きっと、リオ王子には極道も真っ青の強面将軍が、射殺さんばかりの鋭い眼光で自分を凝視しているように見えているに違いないわ。

そりゃ、全身硬直よ。

ごめん。

そんなつもりじゃなかったのよ。

すべてはこの顔と身体が悪いのよ。

お願い、リオ王子、息して! 戻ってきて!

この沈黙、耐えられない。

誰か何とか言ってよ。

どうしたらいいのよ。


「リオ王子……」


極力優しく聞こえるように声を出す。

助けてよ、お願い。

あたしの必死の思いがとどいたのか、リオ王子は、はっと意識を取り戻した。

リオ王子は怯えと気高さを孕んだ瞳でまっすぐにあたしを見つめ、震える拳をぎゅっと握りしめる。

すっと顎を上げた。恐怖を気高さで塗りつぶすように、凛とした声を張り上げた。


「……ご丁寧な挨拶、痛み入る。……グリッソム将軍」


リオ王子もまた、ぎこちない動作で右手を左胸へと当てた。

顔色悪いわね。

追いかけられていたときに怪我でもしたの?


「怪我はないか?」


「……」


返事なし。

ああ。あたしの「獲物を狙う顔」と威圧感に限界なのね。

無理に返事しなくていいからね。


「それならいい」


よし。

ここは場所を変えよう。

場所を変えれば、気分も変わるわよね。

ビジネスでも、挨拶の後は会議室に移動って相場が決まってるし。

あたしはそう決意し、リオ王子に向かって一歩踏み出した。

リオ王子が肩を揺らした。

仕方ないとはいえ、動いただけで怯えられるって、傷つくんだけど。

ここはアンドレアに任せた方がいいかなぁと、アンドレアに目を向けると、アンドレアが冷たい目でリオ王子を睨んでいた。

なぜ?

このメンツの中で癒し担当のあんたがそんな顔したら誰がその役を担うのよ。

あんた以外、全員、海坊主か前科三犯の容貌なのよ。


「リオ王子、城下は何かと物騒ゆえ、微力ながら我らが城までお送りいたしたく思うが?」


「よ、よろしく頼む……」


後ろの兵士たちがまたヒソヒソと始めた。


「おい、将軍が獲物を巣(城)へ連れ去るぞ……」


ちょっと!

そういう、拉致監禁みたいに言うのやめて!

完全に犯罪行為じゃないの!

普通に送っていくだけじゃないのよ!

リオ王子も過剰反応しないで。

自分のお城でしょうが。

こうしてあたしたちは、恐怖に震えるリオ王子を護衛する形で、一歩一歩、きらびやかで不穏な空気が漂う城へと歩みを進めた。




何事もなくリオ王子とミネルラ城へと帰って来た。

あ~っ、早くお風呂入りたい。

あの乱闘で埃まみれよ。

リオ王子も送り届けたんだからいいわよね。

出迎えにきた侍従や女官にリオ王子を託し、その場を辞そうとした時、


「グ、グリッソム将軍、話があるのだが、いいだろうか」


リオ王子があたしを呼び止めた。

ええ~っ、あたしお風呂に入りたいんだけど、それ急ぐの?

後じゃダメなやつ?


「いまか?」


「できれば……」


リオ王子は縋るような目をしていた。

あたしは眉を顰める。

捨てられて、雨に濡れた子犬を思い出させる。

断ったら人として終わるような気がするけど……

埃まみれなんだけどな、あたし。

お風呂入りながらじゃダメかな。

周囲を気にするようにリオ王子は声を潜めた。


「二人だけで」



















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