第2話 神様、それってどうなのよ
「おおい、いい加減に起きんか」
じいさんの声がした。
「海老沢 純子、起きろ」
うるさいわね。
起きりゃいいんでしょう、起きりゃ。
目を開けると、頭の禿げた白い顎髭のじいさんがいた。
大きな木の杖を持っている。
誰、このひと?
はっ、それよりあたしの身体よ。
顔を触る。
髭がない。
ごついイモムシのようだった指はいつもの見慣れた指。
胸もある。
よかった、いつものあたしだ。
あれは悪い夢だったんだ。
「すまん、いまの身体が夢じゃ」
「はぁ?」
間抜けな声がでた。
「実はな……」
目の前のじいさんは神様だと名乗った。
その神様の説明を聞くうちに段々と怒りが湧いていき、頭に血が登り過ぎて脳卒中を起こすかと思った。
はぁっ?
手違いで事故死させてしまったから、お詫びに異世界に転生させることにした。で、いざ異世界に転生させようとしたら、横やりが入って、本来入るはずだった姫の器ではなく、ガチムチ最強将軍の器に入ってしまい、慌てて説明に来たらしい。
「多分じゃな、事故死直前に"女なんて嫌だーー"と言ってたから引っ張られたんじゃな、きっと。まぁ、支障がなさそうじゃからそのままでも良かろう」
ちょっと待て。
確かに、女なんて嫌だーーとは言ったが、 あれは鬱屈としてたからであって、九割本心じゃない。
姫でいいのよ、姫で!
それに男に転生させるなら、イケメンかモブでしょうが。
こんなガチムチ筋肉将軍なんてありえないんだけど。
「何が"支障がなさそうじゃ"だ。支障ありまくりよ。精神的苦痛に対する慰謝料払って貰おうじゃない」
「慰謝料とな?神に慰謝料を払わせるのか?」
「新年は初詣、お盆は寺院、10月末にはハロウィン、12月はクリスマスと無神論者の日本人よ、払わせるに決まってるじゃないのよ。それと」
「それと?」
「本来、入るはずだった器に入れ替えるのがスジというもんよ。いますぐ入れ替えて、姫に!」
「すまん、できん、ごめん」
韻を踏んでるんじゃない。
できないってどういうことよ、曲がりなりにも神様でしょうが。
「横やりが入ったと言ったじゃろ。あれで気配が消えたんじゃよ」
「はっ?」
あたしの目が据わった。
誤魔化し笑いを浮かべている神様を睨めつける。
「まぁまぁ、そう怖い顔をしなさんな。手がかりはあるんじゃ」
「手がかりって?」
「この世界は六つの国からなっておる。そのどれかの国の姫が器なんじゃ。見つけさえすれば、入れ替われるぞ」
「見つけるのが大変じゃないのよ···見つけさえすればって···まさか、見つけるまであのガチムチ?」
頷いて肯定する神様。
見つけよう。一日も早く見つけよう。
「で、どうやって見つけるのよ。それに入れ替わるってどうやるの?痛いのは嫌だかんね」
「大丈夫じゃ」そう言うと、杖で右腕を触った。
一瞬、じんとした熱さを感じた。
右腕を見ると赤い幾何学模様が浮かんでいた。
「本来の器を触ったら、右腕にその紋様が浮き上がるようなっておる。そして、これじゃ」
神様の手を見ると不思議な色をした指輪が二つあった。
「一つはお前が嵌め、片方を姫に嵌めれば、瞬時に入れ替わり完了じゃ」
言い終わらないうちに片方の指輪が私の中指に嵌っていた。
「わかったわ、姫の指に嵌めればいいのね。楽勝じゃない」
「これしかないからな。失くしても代わりはない……あと…」
なに?歯切れが悪いな。
「間違った相手に嵌めた場合なんじゃが···」
嵌め直せばいいだけじゃないの?
違うんなら勿体ぶらずに早く言ってよ。
気になるじゃないの。
「嵌めた相手と、輪廻の尽きるまで、何度でも添い遂げることになる」
??
添い遂げる?···つまりは、結婚。
崖っぷちだったあたしが···
間違っただけで、どこの誰とも知らないひとと何度でも、輪廻の尽きるまで···
「はぁっ?死んで生まれ変わった後もってこと?!」
「そうじゃ」
「そうじゃって···ちょ、ちょっと聞くけど、人外でも?牛とか馬、カエルでも?」
神様が重々しい肯定する。
楽勝なんて軽く考えていた自分を罵りたくなった。
下手したら詰むじゃん。
まかり間違って脂ぎったひひジジイに嵌めたら、そいつと結婚?
いまは人でも次はカブト虫とか亀になってたら···
一気に血の気が引いた。
取扱い厳重注意じゃないの。
何よ、そのペナルティ。
外そう、この凶器。
外そうとするが、外れないのはテンプレか?
「外れないんだけど?」
「片方も誰かに嵌めないと外れん」
嘘でしょ?!
あたしは軽くパニクった。
そんなあたしを余所に神様が咳払いをする。
「じゃ、そういうことで···頑張るんじゃぞ···
神は見ておる」
って、いい感じに締めるんじゃないわよ。
おい、この疫病神、待ちなさいよ···
「将軍、グリッソム将軍」
誰かが呼んでいるけど、無視よ、無視。
いまはそれどころじゃないんだ。
なのに呼び続ける声。
しつこい。
ぐらりと視界が揺れたと同時に、先ほどまでの身軽さが嘘のように、全身にのしかかる肉体の重力とむさ苦しい熱気に引き戻される。
無理やりに目を開けた。
そこには
「なに···ぎゃっ!!」
寝起きざまの目の前に涼しげな蒼い目、高い鼻筋をした美形の騎士に驚いたあたしは、分厚い胸板や丸太のような腕を必死に縮こまらせてベッドボードに張り付いた。
騎士は、えっ?と目を見開いた。
お互いに一瞬、思考が停止した。
気を取り直したのは騎士が先だった。
「将軍?」
と声をかけてくる。
あたしは我に返った。
誤魔化さねば。
「すまない。疲れが出た。悪かったな」
野太い声。
···これがあたしのいまの声。
泣きそうだ。
「いえ」
心配気味にこちらを伺う美形騎士。
普通なら観賞するところだけど、いまはそれどころじゃない。
「少し、一人になりたいのだが、いいか?」
と暗に退出を指示した。
「わかりました。何かご用があればお呼びください」
と言い残し美形騎士は部屋を出ていった。
部屋を出た後で、彼が
"震えていたが、大丈夫だろうか"
と心配していたことを、あたしが知るはずもない。
大きなため息をつきながら、ゴツい手で顔を覆う。
指輪の冷たさを頬に感じた。
「……やってられないわよ、マジで」
泣き言を言っていても始まらない。
この暑苦しい筋肉の鎧を脱ぎ捨てて、本来入るはずだった「どこかの姫」の体を取り戻す。
それだけだ。
部屋の隅にあった大きなデスクに向かい、丸められていた大陸の地図をバサリと広げる。
極太い指先が、記された6つの国をトントンと叩いた。
「待ってなさい、どこかの姫。あたしが絶対に見つけ出して、問答無用で入れ替わってやるんだから……!」




