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新・甘い匂いに誘われてしまうんですよ  作者: akiyama


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8/13

おばあちゃんと従弟の埜蘇2


「お父さん、買ってきてくれた?」


「ああ、ほら」


無事にお使いをすませたとばかりに、ビニール袋を持ち上げてみせる父、ちょっと可愛い。右手に土産入りの紙袋、左手にビニール袋の父は少し荷物が邪魔らしい。それでも真面目に買い物をしてきてくれた父に感謝。


「片方持つね、ちょうだい」

 

どうにも邪魔くさそうなので、紙袋の方を持つことにして、再びエレベーターに。そして部屋の前につく。

するとやっぱりという感じで、二人はいなかった。


「あー中に入っちゃったんだねー」


「ああ、二人とも中に入ったのか、え……と、伊都が苦手なアレがいるんじゃないのか?」


父に頼んだ買い物は、殺虫剤だ。ジェット噴射するのとか、毒餌仕込みの置き型タイプや煙を出さずに部屋全体に薬剤をいきわたらせるのを買ってきた。

母が苦手なので、小遣いを張り込んだようだ。


「開けるね」


というと父もうなずき返してくれた。

ドアノブを握って一呼吸おいてから開け放つ。

と、同時に耳に飛び込んできたのが、母の悲鳴。

玄関を入ってすぐの廊下だったが、リビングへはドアがあり確りと閉っているのに、聞こえてくるとは。

左右の壁に目をやれば、黒い物体が数匹いる。リビングはどうなっているんだろうと、考えると怖くなってきた。


「きゃーあああっ、いーやーこっちこないでー」

 

父と目をあわせて、それぞれ心の準備をして今度は父がドアを開く。

そこでは、人と何かが争う狂乱の図が展開中。

いや、言い直そう。正確には不快な衛生害虫であるアレと。

黒くてツヤツヤして動きが速く飛ぶこともある。要するにゴで始まってリで終わるあの嫌なヤツだ。

リビングは戦場か?というありさま。


「すごいな、床は当然のようにいるし、天井から壁までビッシリだ。さすがに気持ち悪いなこれは。伊緒、大丈夫か」


「うーん、だめ、きもっ」


父にはあらかじめ伝えておいたので、早くも殺虫剤を両手に持ってシューシューしている。さすが、ゴキジェッ○。噴射がすさまじい。


「殺虫剤が充満してきてる?そろそろ換気扇を回したほうがいいかな」


父の殺虫剤を持つ手以外の部分を結界で包む、自分自身には全身をすっぽりと覆うようにした


「ん?伊緒、なにか、してくれたのか。ありがとう」


「うん、全身を包むと殺虫剤をまきずらいでしょ?だから手以外の部分ね」

 

さて、換気をどうしよう。

換気扇のある場所、キッチンにいく?それとも窓をあけて、換気をするべきか。

広めのリビングで、おばあちゃんが何かすごいことをしていた。自分の周囲に薄い膜みたいなのを張っている、それは結界かな?手前には液体よりも粘着力のある何かを広げて、黒いアレを取り込んでいた。

えっと名前をつけるとしたらスーパー粘着シートとかだろうか。

次々と取り込まれているので、透明なシートなのに、何か黒っぽい。

キモい、はっきりいって。


「でも、まねしちゃお」


キッチンにあった換気扇のスイッチを見つけたので、能力を使って推してみた。イメージは、自分の指をそこまで伸ばす感じ。ポンと推せば、軽快な音がして換気扇が回り始める。

それから廊下に戻り、置きっぱなしにされていたジェル状の洗濯洗剤をとってきた。

まずは、薄い結界を空中にだし横にひろげるイメージで。

ジャンボサイズの詰め替え用パックの中身を出して、結界におとせば奇麗な緑色のシートが登場。まずは、手近な壁に張り付かせる。 できるだけひろげたシートにどんどん取り込んでいく。

天井、壁、床と目についたところから、大量捕獲、そして瞬殺。

中には、私をめがけて飛んでくるのもいるが、結界にはじかれていた。

もちろん足下にもいるので、さっきから踏み潰されているのもいる。

これって、足から頭まですっぽりと包まれているから平気だけど、そうでなかったら泣いているよ。七歳のナイーブな女の子なんだから。

結界をもっと強固に厚くしておこう。


「伊緒、それはなんだい?緑色のそれは……洗剤だね。緑色が鮮やかなだけに黒いのが余計に気持ち悪いが」


「お義母(かあ)さん、伊都はどこですか?」


殺虫剤を両手に持って、シューシューしながら父がこっちにやってきた。


「伊都なら、あそこさ。ホレ、今回は苦手なアレと徹底的に戦う覚悟をしたようだよ、埜蘇と一緒に」


「ふんっ、ふっつ、ふっふう」


「……」


リビングの一角にソファとローテーブルが置いてあるコーナー、そこで二人は背中合わせになって戦っていた。

六歳の埜蘇は、母の腰らへんまでしかないが、なんだかすごく勇ましい。


「あれって何とか戦隊とかのかな?伊都のは、ボウル?」


「うん、戦隊ヒーローの仮面だね。名前とかは知らないけど、お母さんのは、ボウルだね、料理に使うのだよね」


父と私は、引き続き殺虫剤と謎の緑色をした自家製粘着シートを使っての駆除作業。


「武器はフライ返しとヒーローの剣、飛んでくるアレから顔を守りながら攻撃しているんだね」


「ううっうおっ」

 

母が悲鳴?をあげながら、戦っている。左手でボウルをおさえ、フライ返しをつかんでいる右手を振り下ろす。すごい勢いでたたきつけているので、一撃必殺なのでは?というすさまじさだ。埜蘇は、戦隊ヒーローの仮面で顔をガードしているけど、見えているのだろうか?片手に剣、残った手で薄いプラスチックみたいなのを振り回している。

 

「埜蘇君は、両手を使えるんだね。ボウルと違っておさえる必要がないからだろうか。でもってあの下敷きみたいなのは、薄型のカッティングボードか?」


どうやら父は、アウトドアの店でみたことがあるらしい。カッティングボードってまな板のことだって、ふーん。


「それにしても、二人ともすごいね。周りが全て死体になりつつあるよ」

 

「うーん、でもまだいそうだよ、油断しちゃだめだよ、伊緒」


「うん、お父さんもね」


ホントになんでこんなにいるんだろう。そしていつまで出てくるんだろうか。

再び殺虫剤を手に集中しだす父と、怪しげな黒いアレ入りの緑色の物体を操る私のコンビプレイが開始。母と埜蘇も疲れているのに違いないが……。


「伊都、埜蘇と一緒にトイレかバスルームに隠れていなさい」


おばあちゃんに言われるが、どうやらそこから動けないらしい。 


「行きたいけど、そこまで行けそうにないんだものっ」


母は、透明なボウルで顔を守りながらフライ返しで、飛んでくる敵を容赦なく打ち落としている。

そして埜蘇も名前のわからないヒーローの仮面で防御しながら、プラスチックらしい剣とまな板で頑張っていた。


「結界が張れたら、両手が使えるのにっ。でも負けないわっ、えいっえいっ」


「おばちゃん、ぼくが後ろ守るから。玄関の方へいって」


小さいけども、埜蘇は男の子だった。勇ましい言葉をかけながら、一生懸命である。今は母というか弱き女性を助けるべく奮闘中だ。さっきまでは、助けを求める弱々しい存在だったけども。

まあ、それはともかく玄関の方へ二人を誘導するなら、あの周囲を一掃するしかない。緑色の物体は、まあまあの大きさになった。色も黒が強い物体に変化した。おばあちゃんの透明な粘着シートも中々の大きさだ。さて、これをどうしようと考える。おばあちゃんも同様に考えているようだ。ゴミ袋に入るだろうか。

一番大きいサイズなら入る。そんなところで、一度止める。

気を利かせた父が、大きなゴミ箱を探してきて、ビニール袋をセットしてくれた。おばあちゃんと私は、その中にそれぞれ仕留めた獲物を沈める。


「伊緒、一幸さん、ありがとうもういいよ」


おばあちゃんに声をかけられた。気づけば、床には落ちて動かなくなっているアレばかりに。生存していたとして、かなり減らせたかな?


「はあ、疲れたわ」


疲労困憊といった母が、座り込もうとしてそこにも衛生害虫の轢死体があるのに気がついてハッとする。一刻も早くここから出たい、という意識が伝わってきた。苦手な衛生害虫を相手にして、ここまで頑張った母は、えらいと思う。

埜蘇がしょんぼりと、話し始めた。


「あのね、いろいろとごめんなさい。どうしてぼくがたすけてほしがっているのわかったのかわからないけど、きてくれてありがとう。おへやきたなくてごめんなさい」


「……」


「一幸さん、あとはこっちで片付けておくからみんなをつれて帰っておくれでないかい」


「あ、はい。埜蘇君、持っていきたい物があったら自分の部屋からとっておいで。伊都大丈夫かい、こっちにおいで。外に出て待っていよう」


仮面をとった埜蘇は、嬉しそうに自室へと駆け込んでいった。


「伊緒、換気扇のスイッチを入れたのはおまえかい?その他のことも後でじっくり聞くからね」


「はい」


とっさに思いついてあれこれやりすぎたかな?でも、でもさ……緊急事態だったんだもん。はあ、いいや怒られる覚悟だけしておこう。

決意すると気も楽になるもので、気持ちを切り替えて自分も外へでた。

下駄箱の上に置かれていた時計をちらりと見ると、意外にも五時前だったので驚く。

マンションに着いたのが二時頃だった。父を迎えに行くというロスタイムがあったにせよ、三時間も経っていたことに驚く。

あっという間のことすぎて、三時間もアレの駆除作業をやっていたことが信じられない。


「おじさん、これだけもっていっていい?」


「ああ、玲君の遺影と位牌だね。埜蘇君の部屋にあったの?」


仏壇は、リビングにあったのだが、扉は閉じられていた。そばには遺影も位牌も見当たらなかったのだ。


「うん、ママが出て行った時にね、ぼく一人で部屋で寝るのがこわかったの。でねパパのしゃしんと“いはい"をもって一緒にねてたの。えっとごめんなさい」


叱られるとでも思ったのか、しゅんとする埜蘇。


「それは気にしなくていいよ、埜蘇君、ずっと気になっていたんだけど。棗さんは、埜蘇君のお母さんはどこにいったの?」


「えっとあのね、あの……よくわからない、でもぼくがいけないの」


「あなた、埜蘇も疲れているだろうし、ここは母に任せて一旦ひきましょう」


まあ、埜蘇が疲れているのは確かだろう。でもそれ以上に母も疲れていたのだろう。いつもの母ならば、もう少し柔らかい口調で伝えるであろうに、今は氷の微笑って感じだ。

何か、冷気を感じた父が、珍しく焦った様子。

おばあちゃんに挨拶をすませ、階下に待たせてあったタクシーに四人で乗り込んだ。


「あなた、私家に着いたらすぐにお風呂に……いえ、お湯が溜まるのを待てそうにないわ、シャワーを浴びて……浴びて……浴び続けるわ。埜蘇も一緒にね」


「えっぼく、ひとりでシャワーくらいつかえるよ。おばちゃん、だいじょうぶだよ」


「あ、大丈夫。遠隔操作で“お湯はり”をしておくから、家に着く頃には、お風呂に入れるから」


そうなのである。不動産の仕事をしている母は、お客様に使用感を伝えるのに必要として様々な設備を我が家に導入している。

その一つが、遠隔操作によって、冷暖房の温度操作やお風呂の“お湯はり”ができる機能だ。ただ、機械が苦手なので、使う時は父頼みなのだ。

家に着くと母と埜蘇がお風呂に入っていった。

正確には恥ずかしがる埜蘇を母が引きずっていく感じだったが。

まあ、これは虐待……ではないよね。甥っこと叔母さんだし。

あと、二人とも私と父よりも長時間あの部屋で戦っていたからね。

二人の入浴時間は、長かった。


「長いね、二人とも大丈夫かな?のぼせちゃわない」


「うん、大丈夫だろう。伊緒、おまえも洗面所で手と顔を洗いなさい。お父さんも洗うから一緒に。やっぱり気持ち悪い」


「おおう、お父さんが。色々な現場を見ているであろうお父さんでも、アレってやっぱり苦手なの?」

 

「そうだな、好きではないな。それに衛生害虫に分類されているだけに、病原菌の媒介もありえるしね」


「うん、直接触ってはいないけど、結構な時間あの部屋にいたものね」


私と父は、手と顔を泡まみれにして丁寧に洗う。


「伊緒、おまえの持っている服の中で埜蘇君が着れそうなものはあるかい?」


「探してくる。お風呂上がりに着る感じのでいいんでしょ?」


「まかせる、お父さんはお母さんの着替えを用意してくるよ、そろそろ風呂から出てくるかもしれないから用意しておこう」


何かと気の利く父のおかげで、着替えを用意せずにお風呂場に直行した二人も、きちんと着替えをして出てきた。

 

「伊緒、おまえも入っておいで。その後でお父さんも入るから」


「うん、なるべく急ぐねー」


父に勧められて、先にお風呂場にいく。去年までは必ず両親のどちらかと一緒に入っていた。でも小学校に入学したからには、お風呂に一人で入ることを決意し、実行したのだ。

最初は不安そうだった二人も、回数を重ねるにつれ何も言わなくなってくれた。だって、もう七歳だもん。漢字もなるべくたくさん覚えて、本を読んで多くの知識を得たい。

私がお風呂に入っている間に、父と母は埜蘇のことで話をしていたらしい。



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