おばあちゃんと従弟の埜蘇
昨夜は黒モヤのせいで眠れないのではと案じていた。
結論を言えば、あっさり眠れた。それはもうあっさり。
おかげで、今朝の目覚めはスッキリ。
「おはよう、伊緒。今朝は、早起きねぇ」
どうやら、父親は釣りに出かけたらしくいなかった。父の弁当を作るために早起きしたらしい母のみが、キッチンで弁当の残りらしいサンドイッチを食べていた。
「うん、目が覚めちゃってね。サンドイッチ私の分もある?」
「あるわよ、卵サンドとハムサンドそれにチキンサンドもね。たくさんあるから、向こうの家に持っていって」
向こうの家とは、つまりおばあちゃんの家ということだ。
どうやらすでに連絡済みらしく、ピクニック用のバスケットを持たされる。
「行って、しっかりと叱られていらっしゃい」
「返す言葉もございません」
母の笑顔がコワイ。
どうやら昨夜の夜散歩は、しっかりと二人に把握されていたようだ。
二人には、能力を気楽に使うんじゃないとよく言われる。
まあ、たしかに。鬱憤を晴らすのに幽体離脱ってのは普通じゃないよね。
こうなったら仕方ないので、さっさと叱られてしまおう、そして相談もしてみよう。
おばあちゃんの家と私が住む真家の家は背中合わせに建っている。
いつもだったら、裏庭をつっきるが今日はダメ。だって叱られにいくのだから。玄関から玄関への道一択だ。
二軒をつなぐ長めの石畳を歩いていたら、『オズの魔法使い』という映画を思い出す。なんとなく黄色い石の道が頭に浮かんだんだ。
あの映画に連れて行ってくれたのは、埜蘇の父親、私にとっては母方の叔父。
懐かしい思い出にひたりながら、おばあちゃんちについてしまった。
「お、おじゃまします……」
昔ながらの引き戸、今時は珍しくなってしまった木とガラスのやつ。
我が家もだが、おばあちゃんの家も鍵はかけていない。
周囲は山と森そしてお寺、人家は我が家とおばあちゃんち。
セキュリティ面は、ゆるゆるである。
玄関を開けると、従弟がいた。ひょろりと伸びた身長は、私よりも頭一つ高い。
「おはよう、埜蘇。おばあちゃんは?」
「おう、はよ。ばあちゃんはいるよ。庭で待ってる」
「待ってるの……そう。でも埜蘇がいるとは思わなかったよ、仕事で留守にしていると思っていたから」
「着替えをとりに。ばあちゃんの顔もみたかったし……」
埜蘇は、私よりも一つ年下の十五歳。本来なら中学校に通っている年齢だが。まあ、率直にいうと、通学していない。
通ってはいないが、一年後には卒業証書を手に入れることができる謎。
「埜蘇、朝食まだだったらサンドイッチ食べない?母がたくさん作ったってつめてくれてね、五人分くらいはあるんだ」
「朝は軽く食べただけなんで、いただく。おばさんのサンドイッチは美味しい。コーヒーいれてくる、茶の間に座っててくれ」
おばあちゃんがいる庭には行かずに、茶の間で待つことにした。
茶の間という言葉、今ではあまり聞かないけど、おばあちゃんちでは頻繁に使う。なぜなら家族が集まる場所だから。
テレビを見たり、食事や団欒を楽しむための部屋である。
畳敷きの和室で、隅にはテレビが置かれ中央には、卓袱台が出されていた。
この卓袱台は使わない時には、足の部分を折りたたんで壁に立てかけておく。
使える家具や建具は、直しながら使うというおばあちゃんの信条で、どれも古びているが大切に扱われていた。
バスケットを静かに卓袱台におくと、まとめられていた座布団を三人分引っ張り出して準備する。
二人を待っている間に、また怜叔父さんのことを思い出していた。
埜蘇のお父さんが亡くなったのは、三人で映画に行った次の週。
青信号で歩いていた怜叔父さんを、轢いたのは二十歳の大学生。
早朝までかなり飲んでいて、数時間の仮眠をとったことでアルコールはぬけたと自己判断したのだ。
これは大変危険である。本人はアルコールは抜けたと考えても、実際には体内に残っていることがあるので。
結果は危険運転致死傷罪が適用され、量刑は懲役四年半。
遺族にすれば、たった四年半だが、被告人には長すぎたようで。
控訴してきたんだ。ただ、二審でも減刑されなかったので、被告の家族は余計な費用がかかっただけだったらしい。
子供だった私と埜蘇は、自宅で待機だったし事態が飲み込めなかった。
それでも葬儀をすませ、黒枠の写真を見せられれば、六歳と七歳でもわかる。
二度と怜叔父さんとは会えないのだと。
保険金と相手側からの慰謝料それに貯金もあり、二人だけで残されても暮らしていけるだけの余裕はあった。だが精神的にはきつかろう。
周囲が気を遣いすぎたのが、気に障ったのかどうかは知らないが、一方的に宣言されたのだ。
「主人を失って、私と息子は傷ついています。静かに暮らしたいので、しばらく電話と訪問は遠慮してください」
てなことを電話で唐突に言われた母と祖母は絶句したという。
「なんでかね?要は来るなってことかい」
「棗さんって、あんなこと言う人だった? てか私は嫌われていたの?」
告げられた後、少しの間だけ放心していた二人。
電話がかかってきた瞬間から話し終わるまで見てしまった私と父もびっくり。怜叔父さんと結婚した棗さんは、美人で全てをそつなくこなす頭の良い女性だった。
母と怜叔父さんは、仲のよい姉弟だったので連絡は密にしていた。おばあちゃんも、まめに連絡はとっていたし。
「もしかしたら、棗さんは気を遣われすぎるのが嫌だったのかしら?」
仕事柄多くの家庭や人間と関わってきた父親が、もたらした意見に祖母も母も頭をかしげた。
「怜君は、結婚してからもお義母さんとも伊都とも連絡をとりあっていたよね。僕は結婚後も実家を大切にするのは良いことだと考えるけど、もしかしたら棗さんは違うかもしれない」
「え?マザコン・シスコン・ブラコンと思われていたってことかしら」
「普通に家族としてつきあっていただけなのに?」
「普通の家族という定義は、色々あるかと。それに葬儀が終わったことで、一息つきたいとかじゃないか?」
動揺する義母と妻をなだめようと、無難ななぐさめを説く父。
とにかく母と祖母は、ショックから立ち直り、棗さんの気持ちを考慮することにした。
父親の意見を取り入れて、しばらくの間は見守る形で静観することに。
二週間経った頃に、我慢の限界に達した母の言により事態は動いた。
「知り合いから、新しくできた水族館のチケットを頂いたのよ。いってみない?」
交友関係が広い母は、よくもらいものをする。だからこのチケットもその一つだと思っていた。チケットに記された住所を見るまでは。
「わあ、いってみたい。あれ、この水族館の場所って埜蘇の家と近いね」
「そうなの、偶然よね。近くにきたってことで、立ち寄らせてもらえないかしら?」
母の忍耐が切れたのだ。父と私の考えは、「うーん……」だったが。
二週間が長いのか短いのかは、各自の都合と考え方次第かな。
「行く前に連絡しないでいいの?」
アポなし訪問を決行しようとしている母に一応聞いてみる。
「電話も、LIN○も、メールもしてみた。でもどれもつながらなかったのよ」
「ブロックされているってことかい?」
「そうじゃあないわ、でも返事はないわね」
「スルーされているの?」
「……やっぱり嫌われているのかしら?」
「……うーん」
父も母も黙り込んでしまった。その後二人が出した結論は、とりあえず行ってみようとのこと。父もなんとか休みをもぎ取ってきた。
まあ、たしかにこのまま膠着状態が続くのも避けたいし、埜蘇のことがとにかく心配なのである。という三人の意見が一致したことで、午前中は水族館で過ごし、お土産も購入。
このお土産を渡すという口実で、マンションに訪ねていけば案外といけるんじゃないかという大人の腹づもりがある。
そして現在は、マンション近くの洋食屋さんにて作戦会議を開いていた。
「どう伊緒、美味しい?」
「うん、オムライス美味しい」
ちなみに棗さんとの対峙に頭を悩ませている母は、食欲が今一つらしくサンドイッチとコーヒーで軽め、父はご飯にあうポークソテー大盛りというがっつり飯。
「さて、食事がすんだら行くんだろう?土産を持って……」
ちらりと自分の近くに置いてある紙袋の中身が見えていないことを確認する父とそのことに苦笑する母。
本日行ってきた都心部にある水族館では、ペンギンショーがあり売店には、ペンギンのぬいぐるみも売っていたのである。
ベタだとは思ったが、とても、らしい土産物だったので決定された。
実物大サイズなので結構な大きさだ。当然のように父が運んでいるが、どうやら照れくさいらしい。顔がほんのりと赤い。
私は埜蘇はどうしているんだろう。何をしているんだろうかと考えていたら、それはやってきた。
「?」
「どうしたの伊緒?」
私の異変に気づいたのは、母親だったが対応が早かったのは父親の方だった。
捜査課勤務は伊達ではない。いざという時の対応力がある。
「伊緒、何か感じたのか?もしかしたら、埜蘇君のことか?」
「たすけてって……やそ、だった気がする」
それからの父は素早かった。
「伊都、お義母さんに連絡をとってくれ。とりあえずマンションに行ってみたほうがいい。ここからなら、歩いて三十分だな」
呆然としながらもバッグからスマフォを取り出す母と隣に黙って座るしかない私。
父は黙って財布を手にしており会計をすませるべく、入り口近くにあるカウンターを目指していた。
「お母さん、顔色悪いよ。大丈夫?」
「ええ、伊緒大丈夫よ、私のことは心配しないで。あなた、ある程度距離があっても感じ取れるのね?」
「うん、やそがなんかこまっているの……」
「熱でもだしたのかしら?でも棗さんが一緒にいるはずなんだけど……」
「……」
「あ、あなた、会計すませてくれたのね。ありがとう」
会計をすませたお父さんに、そっと耳を寄せて小声でつぶやく。
「お母さん、合鍵預かっていたよね。とりあえず私とお母さん、それに合流できるようならおばあちゃんで、先にマンションに行ってみようよ」
「伊緒!? 一幸さんに何を頼んだの?」
一人だけ足早に去って行く夫の方を見ながら、私から聞き出そうとするが、今口を開くと私も悲鳴をあげてしまいそうだしね。うん、やその恐怖感やら嫌悪感でこっちまでザワザワするよ。
私とお母さん、それに途中でおばあちゃんと合流できた。マンションについたのは、午後二時を少し過ぎた頃。
おばあちゃんと仕事中だったスズキさんのミニバンに乗ってきた。マンションには来客用の駐車スペースはなかったので、近くで待機してくれることになったのはありがたい。
エントランスに入り、合鍵を取り出す母の動きが止まった。どうやら鍵を使うことにためらいがあるようだ。
電話で出禁を言い渡されたことを、思い出しているのだろう。
でも私が受け取ったのは、埜蘇の恐怖心と嫌悪感だけ。おそらくだけど、棗さんはいないんじゃないかな。大人二人が、オートロックの鍵を前に躊躇しているが、私は少しでも早く埜蘇をたすけたかった。
「こんにちは」
ちょうど、エントランスをしきっていた自動ドアが開き、犬を抱き上げた女の人が出てきたのである。私はすかさず、笑顔をつくる。
目があった私は、良い子の笑顔を作って可愛らしく挨拶をする。大人は子供の笑顔に弱い。相手も笑顔で答えてくれた。
そして素早く自動ドアの内側へと足をのばしてマンションに入り込む。
住人は犬を下ろして散歩に行くのだろう。エントランスから出て行った。
私はエントランスで、呆然としている大人二人を手招きし、さっさとエレベーターにのりこんだ。
目的地の部屋に到着したが、ここでもまた大人二人の出禁されたことによる躊躇がでる。
埜蘇が、どんな状況下にあるのか知らないお母さんとおばあちゃん。
うっすら知っていてもそれを言葉にする気がない私。
三人で玄関を前にしてしばし待つ。
「どうしよう、近くまできたので立ち寄ったことにする?」
中には、棗さんと埜蘇がいるはずと信じて疑わないお母さん、訪問は遠慮してって言われていたのを思い出して萎縮している。
「手土産を用意するのを忘れていたね。失敗したよ」
土産はあるよ、おばあちゃん。ただ、お父さんが持っていっちゃったんだけどね。
「二人とも、あのね、棗叔母さんはいないよ。あ、お父さんきた。私、迎えに行ってくる……」
どうやら神経過敏になっているのか、同じ建物に到着したお父さんの気配に気づいたので迎えに行くことにした。
「戻ってくるまで入るの待っててね」
と、言っておいたけど……。




