はじめての委員会2
はじめての委員会なのに、ひとりぼっちだった。扉を開けて入ってくるのは、いずれも二人づつ。
談笑しながら入ってきたり、無言のままだったりと色々だが。そのままふたりづつ並んで席を埋めていくのは全員だ。
次々と空席がなくなっていくが、私の相方である原西君は、いまだに姿を見せない。
知り合いがいない現況。私以外の人は互いに知り合いのようで、和気藹々としている。
今の私は親とはぐれた子猫か子犬。どちらにしても、ものすごく心細いよ原西君。
さらに時間が経った。委員会が始まる時間が迫っているのに、全く来る気配がないことに腹が立ってきた。もはや君づけもすまい。
用意された席のほとんどが埋まってきている。残っているのは、私の隣と学生会のために用意されて席くらいである。
いよいよ周囲の目が隣の空席に集まって、身の置き所がない気がしてきた。
唯一の救いはさっきから話相手になってくれているマツカイ先輩の存在。
この人は言葉使いが優しいだけでなく、何というか気配り上手である。
どう気配り上手なのか。それは選ぶ話題が、委員会のことや姿を見せない原西のことに一切触れないで継続させているのだ。
初対面の相手と十分以上も何気なく話し続けるというのは、かなりのコミュニケーション上級者だとおもう。少しだけでいいので、そのワザを伝授してほしいくらい。だってコミュ障気味のぼっちだから。
そして今の話題はというと至高の玉子焼きについて。
「伊緒ちゃんは、甘いのと塩で味付けしたのとどっちが好き?あ、ちなみに自分はだし巻きがイチオシ。甘くした厚焼きのも好きよ」
カレーライスは日本人の国民食と言っている人もいる。でも個人的には、玉子焼きが一番で二番は味噌汁だと思っているのは秘密だ。なぜなら唐揚げとトンカツといった肉料理をトップに掲げてくる身内がいるから。マツカイ先輩のだし巻きへの愛を聞きながら、心の中で身内の肉好きを思い出す。
先輩の話題は作ってみて美味しかった料理のレシピと、赤松市で美味しい料理の店のことだった。
「本町にある蕎麦屋のだし巻き玉子は、出汁がきいていて凄く美味しいのよ」
「美味しそうですね」
さっきからマツカイ先輩の隣に座っている人が話しかけようと頑張っていますけど。成功していない。完全にスルーされている。
「そうそう、少し市街地を外れた場所に素敵なホテルがあるのだけど、そこに併設されているティールームのクリームティーセットが美味しいのよ」
「クリームティーセットってどんなものですか?」
隣の人、先輩のクラスの委員ですよね。どうやらその人は、マツカイ先輩と話し込んでいる私に用がある様子。
「紅茶とスコーンの組み合わせよ。それにクロテッドクリームやジャムがついてくるわ」
「なんだか美味しそうです」
私の記憶にはなかった。それこそスコーンってなんですか?と聞きたいが、さすがにそれは聞けなかった。マツカイ先輩と先輩に話しかけようと頑張っている先輩も知ってそうだったので。
「ああ、ヴィヴィアンのスコーンは美味しいよ。ところでマツカイ……」
強引に話に割り込んできようとしたが、マツカイ先輩が無残にスルー。いっそ見事である。
マツカイ先輩にスルーされた先輩は、私と目線をあわせようとするがもちろんスルーしたよ。
どうせ私の隣にいるはずの原西について聞きたいのだろうから。
答えを持たない私に問いただそうとは無理がある。したがって私もスルー一択。
それにしてもマツカイ先輩はすごい。視界にも入れず、聴覚にも触れさせないという決意がマツカイ先輩の周辺に張り巡らされている。先輩は、まさかの異能力者なのだろうか。
障壁を張っている?
素晴らしいスルー能力だ。私の席側は、原西が座る予定の席が空けてある分、スペースがあるのだ。
この一人分の空席のおかげか誰にも話しかけられていない。よかった。
原西のこととか尋ねられても何もこたえられるわけがないので。事情もわからないので何も言えないのだよ。すまない。単純に辛い。
原西のことに全く触れずに、会話を続けてくれるマツカイ先輩には、感謝しかない。
「あ、私も甘い厚焼き好きです。韮とか葱をいれた具入り玉子焼きも好きです」
だし巻きも好きですけどね、と続けると我が意を得たりとばかりに微笑むマツカイ先輩。
「海苔とチーズなんかも美味しいわよ」
「えっ美味しそう!今度やってみます」
マツカイ先輩が、嬉しそうにうなずく。本当に料理作るの好きそう。食べるのも好きそう。
まあ、私も嫌いではない。
ただ、私の場合は従弟の強い要望に応えてできるようになったのだが。
マツカイ先輩のさりげない気遣いに感謝をしながら、私も笑顔をつくる。つくった笑顔は不自然かもしれないが、それでも仏頂面よりはましだ。他にどんな顔していたらいいのか分からないしね。
余裕がない内心を隠す努力をし、いかにもマツカイ先輩との他愛もない会話を楽しんでいます風をよそおっているが、限界が近づきつつある。
私とマツカイ先輩は窓を背にして座っている。先輩にすすめられるまま座った席だ。
もうすぐ委員会が始まるのだ。今扉を開けて入ってきたのが、どうやら学生会の方々らしい。
やたら顔面偏差値の高い三人組であった。
「真ん中の男性が会長の赤松志麻様よ」
誰が誰やらと考えていたのをよまれたのかと思ったけど。違ったみたい。
単純に初見だから知らなかろうと配慮してくれたのだろう。マツカイ先輩は気遣いができるから。
すでに私の中ではマツカイ先輩は完全に善い人になっている。料理や手芸なども得意。
これって私が一人娘で家を継ぐとかだったら絶対にお婿さんに欲しい人材ではなかろうか。
まあ、一人娘だけど継ぐべき家も家業もないので全く無駄な夢想だ。
そして現実に戻ろう。
格好いいですねと、マツカイ先輩同様につぶやきで返事をする。本音は目つきが鋭いですね、だったけども。顔自体は整っており女性に好まれそうではある。ただし同年代の女子は除くといったタイプ。
なぜならば怖そうだから。尖ったナイフとかではなく研ぎ澄まされた日本刀みたいな感じ。
うん上手く表現できないけども。
対照的なのが会長の左右の席を占める二人。やっぱりマツカイ先輩の情報では、会長の従弟妹にあたる双子だそう。三人とも私と同じく松北学園の標準服を身につけている。標準服は校内の購買部でも購入できるダークグレーのブレザー。男子のボトムスはスラックスのみだが、女子はスカートとスラックスどちらでもよいという。このブレザー一式はあくまでも標準服なので、学校行事がある日以外は私服でもいいという自由さが松北学園を選んだ理由の一つだ。標準服に手を加え個性を出して楽しんでいるおしゃれ女子もいる。
おしゃれ全般が面倒な私は、買った時のまま。
スラックスを選ぶ女子は少数派と聞いたので、スカートを選んだところが小市民っぽいだろうか。
入ってきたときに見たのだが、双子の身長は同じくらいで顔も似ているが髪型も似ている。
学生会三人組は全員がスラックス。ということは、会長の従妹はスラックスを選んだようだ。
少数派を選ぶとは、大物だね。
黒髪をサッパリと短く整えた会長の赤松志麻様。隣を陣取る双子は、明るい色の髪の毛を、短めの丸みを帯びたマッシュヘアにしている。双子はどんな名前なのかな、とマツカイ先輩をみる。
「会長の左側が書記の楓様で、右側が会計と副会長を兼任している桔梗様よ」
不思議なマツカイ先輩。以心伝心かな。ありがとうございます。
そういえば会長達が来る前に、料理と手芸の話の合間だけど少しだけ赤松家のことも話をしてくれた。
赤松市は、赤松家が中心であるということも。元々赤松家は、名主だったって。
名主?そういえばお父さんと見た時代劇に出てきたような?
茅葺き屋根に大きな土間それに、襖を開け放した和室が連なる木造建築が脳裏に浮かぶ。
これは私の大脳皮質と前頭前皮質が仕事をしてくれたのだろう。
村人の中から選ばれた代表みたいな感じだったかな。でも名主様って呼ばれていたから、普通の村人よりも偉いのだったか。投票や話し合いで選ばれるのって現代の政治家に近い?
会長の志麻様が席に着き、書記担当だという楓様はノートPCの電源を入れている。あれPCなんてもってたっけ?兄の桔梗様は会計と副会長をしているの?なんか凄い。
ここら辺の情報源は全てマツカイ先輩。
いいなノートPC私も欲しいと思っていたんだよね。でも学校の委員会ってデジタル化が進んでいるんだね。
私は中学校では生活委員をやっていた。校内の消耗品や備品の点検と補充のための報告書作成と補充が主な委員会活動。そして管理は大学ノートに手書きだった。アナログだったよ。
そんな少し前までの日常的な記憶を回想していたので、周囲の変化に気づくのが遅れた。
のほほんと私の話相手をしてくれていたマツカイ先輩の表情が徐々に変わってきた。
今までのんきに料理や刺繡の話に興じていたのにね。きりりとしだしたよ?
気がつくと先輩だけではなかった。室内にいるほぼ全員の表情や声が変わった。
さっきまで和気藹々と楽しげに盛り上がっていたのに、室内全体にピリリとした緊張感が?
「時間だな。全員そろっているのか?」
前方のいわゆるお誕生日席に陣取った会長の志麻様が、出席の確認をしだした。低めのいい声だと思うが、今は聞きたくはない。時間よ、止まれ。
これはもう、すぐにでも原西の不在がばれる。どう言い訳すればいいの?これ絶対に私が怒られるよね。絶体絶命?という言葉を今物凄く実感している。はじめての委員会で、学生会の人にお咎めを受けるって、どんな羞恥プレイ。ああ、逃げたい今すぐに透明人間になりたい。
「一年の……三組かな。原西君がまだみたいだよ」
決して大きくはなかったけど、静まりかえった室内に桔梗様の声がよく通った。自分に関わりのない時なら、聞きやすいと思うのだが。
「原西君?ああ、あのテニスボーイね」
楓様は、原西君のことを知っているようだ。
「時間だな」と例によって会長の低温ボイスが響く。
このとき、私は本当に焦っていた。決して自分のせいではない。はずなのに、何かどうにかしなければと考えていたのだ。
言われるよりも先に言ってしまえば、少しは心証がよくなるかもしれない。
なぜそんなことを考えたのか、冷静になってみれば不思議なのだが。
藁にすがるような淡い希望を持って立ち上がった。
「すみません」
室内にいる全員の視線が集まった。
妙に静まった空気が重い。意を決して口を開く。
「原西君のことですが……」
口の中が乾ききって、握りしめた拳に力が入る。
学生会の面々の視線もこちらに向く。まあ、当然だ。委員会を始めようというときに委員の一人が突然立ち上がって何かしようとしているのだから。落ち着け私。
途中まで言いかけたのを、続けようと口を開きかけた時だった。廊下をすごい勢いで誰かが走っている。
おそらく目的地は、ここだとおもう。
勢いよく扉が開かれ、男子生徒が飛び込んできた。
「申し訳ありません、遅くなりました」
入ってきたのは、今話題にしようとした人だった。荒い息をしながらの最敬礼。45度のお辞儀。原西君は、深々と頭を下げた。室内にいる全員への謝罪のつもりなのかな。少しずつ向きを変えて何度も頭を下げる。
「ああ、原西君。遅れたのは私用かな?理由は後で聞く。とりあえず席について」
会長の志麻様が低めのいい声で指示を出す。右隣の桔梗様が紙の束を手にして立ち上がり、近くに座っていた委員に手渡した。
「一枚とったら回していってください」
桔梗様の言ったとおりに、各自が一枚とっては隣の人に渡していった。一学年が三クラスなので、全学年のクラス委員をあわせても十八人。あっという間に紙の配布が完了。
私はマツカイ先輩に渡された用紙を自分用に一枚、空いている席に一枚置いて残りを回した。
その頃には、高まっていた室内の緊張感もやわらいでいた。
室内にいた全員への謝罪を最敬礼という形で表した原西君も、やっと落ち着き互いに安堵。
「原西君、こっちだよ」
私が声をかけたら、うれしそうに早足で寄ってくる姿は、ちょっと犬っぽい。かわいい小型犬かな?
それでいて、いざという時にはさっきみたいにきれいなお辞儀ができるのって、かっこうよいよね。
ハーレム軍団女子が惚れちゃうのもわかるな。
さっきまでは色々と腹が立っていたが、あれは原西君単体ではなく原西とそのハーレム軍団にたいしてだった。冷静になって分かった。
田中先生にクラス委員を指名されてから、ずっと振り回されてきたんだ。
自分たちには先約があるだの、休養ができただのと言っては、クラス委員としての仕事を丸投げ。
強引な乙部さん、理論派の海山さん、残りの二人も何やかやと押しつけてくれやがって。
すまなさそうな顔をしながら、自分の急用とやらを優先する原西君。
あ、やっぱり原西君にも腹が立ってきた。ちらりと原西君の方をみるとプリントされた紙を一心に読んでいるので、今は我慢しよう。絶対に後で文句言ってやると決意だけはした。




