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新・甘い匂いに誘われてしまうんですよ  作者: akiyama


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1/6

初めての委員会1

金曜の午後ともなれば、自然と心は浮き立つ。

そして今は帰りのH・R(ホームルーム)である。

飛び跳ねたくなる衝動をおさえて、本日の伝達事項と来週の予定を黒板に書いていた時だ。

教室前方の隅っこでパイプ椅子に座っでいた田中先生の、発した「あ」という声に嫌な予感がした。

というより、嫌な予感しかしない。

担任教諭の田中先生は、日本の大学を卒業してから外国の大学で研究をするほどの数学バカである。

まあ、自分の専門分野しか興味がないのだろう。

数学に関しては優秀だが、他のことはダメである。伝達事項は忘れがちで、クラス委員が常に確認をすることにしていた。しかし今日は金曜日ということで、失念していたのだ。

「あ」で起こった様々な事象が脳裏を過る。


原西(はらにし)真家(まのいえ)、うっかりしていたが今日の放課後に委員会がある」

 

嫌な予感ほどよく当たるっていってたのは、誰だったかな。

掃除当番もない日だったので、さっさと帰ろうと考えていたのに。


「放課後?」


信じられないと目を見開いたのは、同じくクラス委員の原西君。


「現在、帰りのHR中ですが?」


一応確認したのは私。あ、手に白墨(チョーク)をもったままきちゃったよ。

 

「あー、朝のHRで連絡するはずだったんだけど……]


どうやらすっかり忘れていたらしい担任教諭。

すまなそうな顔されて頭下げられてもね。当日の朝でも遅いって。せめて前日に。

手招きされて三人でコソコソ話していると、静かだった教室がざわめく。


女にしては背が高いと言われる私の身長は、170㎝ある。

同じクラス委員の原西君とほぼ同じ、そして私よりは目線がやや上にある担任は、175㎝といったところか。

三人そろうと、身長がほぼ同じ。クラスの口の悪い人には森と言われる。

同じく悪口だが、神殿の柱のほうがまし?

いや、男子なら背が高いのは誉め言葉で、女子には悪口だよね。

どう考えて元考えていたのは逃避行動だ。そしてざわめきは、とまらない。

これはあれかな?担任教諭とクラス委員が集まってコソコソしているから、何事かと思われている。

それかとも原西君に近すぎるからか?


「本当に、申し訳ない」


がばりと音がしそうな勢いで、頭を下げられた。視線が強くなりざわめきが、一層強くなったのは、当然。

田中先生の失敗というか、すっとぼけっぷりは、クラスメイトには周知されている。

なぜだ、どうしてだ田中君。二十代前半で、この学園にいる教師の中では一番若い。でも去年は副担任を任せられていたようだし、今年は担任を持たされるほどには優秀なのに。

少々残念な担任教諭だが、この自分の非を認められるところは、長所であろう。


「えーと、先生次回からは、もっと早く知らせてくださいね。伝達事項忘れられると、本当に困ります」


溜息をつきたくなるのをおさえて、先生に苦言を呈した。何だろうこの図。

なんで先生に苦言を呈しないといけねいのだろう。遠くへ行きたいと考えたくなるが、やめておこう。

どんなに精神をどこかに飛ばしても、現実は無慈悲。

時間はとめられないし、委員会の開始時間は迫ってくる。

口から出そうになる溜息と歯ぎしりを我慢し、黒板に必要事項を書き足していく。

焦りに焦ったHRが終わり、ため息をつくクラス委員の原西君と私。

田中君が教室を出るか出ないかで、近づいてくる人影があった。


「原西君今日でしょ?」


「洋ちゃーん早く行こうよ」


「洋平君急がないと」


「車待たせているのよ」


出たよ、原西ハーレム軍団。もしくは原西ファンクラブ。

この軍団は、原西洋平君とは幼稚園から一緒だったらしい。

他の男子には目もくれずに、一途に原西君を追いかけるのは凄いとは思うけどね。

でも周囲が影響受けまくりなのが、困るのである。

主に私が。


軍団といっても四人だけど。圧がすごい。

テニスプレイヤーだった両親に小さな頃からテニスの英才教育を受けた原西君。

市内でテニススクールを経営しているので、練習場所も確保。

環境と天賦の才能があったのであろう原西君は、ジュニアテニス界のスターだ。


スポーツにあまり興味がない私が、雑誌で見たことがあったくらいだ。

あれだけチヤホヤされたら、もっと天狗になってもおかしくはないと従弟(じゅうてい)も言っていた。


「え、埜蘇(やそ)がテニスに興味を?」


「いや、一般的な話題の情報収集だ。どんな相手であっても対応できるように」


祖母と暮らす埜蘇は、早くに父親を亡くし母親に育児放棄された私よりも一つ年下の従兄弟だ。

学校には行かずに、祖母の仕事を手伝っているらしい。

でも埜蘇は、本当なら中学生だから義務教育期間なんだけどね。


「ねえ、真家さん?原西君は用事があるのよ」


どうやらまた思考と記憶の渦に沈んでいたらしく、ファンクラブの一人に話しかけられハッとする。

確かリーダー格の乙部(おとべ)ゆりな……さんだったかな。


「突然言われた委員会よりも、前からの約束をまもらないとね」


と、仕方ないのよと肩をすくめたのは、淺賀屋(あさがや)さんだ。下の名前は祥子(しょうこ)だっけ?


「うふふ、ごめんなさいーほんとにー」謝罪しているつもりなのだろうか?疑問をぶつけたいところだ


が、今はよそう。日下(くさか)有紀(ゆうき)さんは、洋菓子店のお嬢様だけあって、フワフワしている。頭の中身もフワフワしていそうな話し方に不安を覚える。いやこれは偏見か?


「ごめん、真家さん。外せない用事があってさ、委員会の開始時間には戻れると思うから……」


申し訳なさそうに、こちらを見てくる原西君の顔は、さっきの田中君そっくりだ。

なんだろうこの既視感(デジャヴ)。今日は私の厄日かな?


「とにかく、そういうことだから」


しめくくりとばかりに、最後に声を発したのは、海山葵(うみやまあおい)さんだね。

スクエアタイプのめがねが似合っているよ。クールな眼差しは、医師か弁護士が似合いそう。

でもなにが、そういうことなのかはさっぱり分からないけどね。

颯爽と去っていく原西君とファンクラブ。時間までには委員会に行くから、さっさと一人で先にいけということだろう。

呆然としたまま、見送る形になったが、こうしてはいられないと気をとりなおす。

まあ悩んでも仕方ないので、筆記具を持ってとりあえずいってみよう。


松北(しょうほく)学園は、いわゆる小規模校というやつだ。全校の人数が300人を少しこえるくらい。

小さな頃からの知り合いが多い地域性もあって、学年が違っても仲間であるという雰囲気がある。

しかし私は、それに該当しない。

引っ越してきたのが、学校が始まる直前という私にはすこぶる居心地が悪いのだ。

まあ、今のところぼっちである。

祖母の故郷だというこの赤松市は、海はないが山と川があり、自然が豊かだがそれだけではない。

山と川に挟まれた平野部に広がる市域は、古くから人が住み着いたおかげで歴史的な建物も多い。

赤松市の経済基盤は、豊かな水資源を活かした水田と各種野菜それに果樹園だ。

ものすごく長閑で広がりのある風景は多くの日本人が想う原風景に近い気がする。

私だって初めて見たときには、感動したモノだ。でも見慣れたら普通に。

そして祖母の生まれた家というのも興味があったし。

一般的な入学試験を普通に受験した時には、テスト用紙しか目に入っていなかったから、一切気にならなかったけどね。

入学式の日からクラス中が知り合いだったみたいで、とてもじゃないけど入り込む隙がなかった。

一応は自己紹介をするシーンもあったけど、誰も聞いていなかった気がするし。

入学試験の成績が良かったという理由で、担任教師による指名を受けてクラス委員をやる羽目になったのは、結果的にはよかったのだろうか。

一応クラス委員という役目のおかげで、ずっと黙ったままということだけは避けられている。

ただつるむ友達もいないので、原西君のファンクラブにいいように扱われている気がするのだ。

原西君本人は、担任教師に指名されたクラス委員を全うする気はあるようだが、ファンクラブが邪魔をしてくる。

色々言ってやりたいことは多々あるのだが今は我慢しよう。せっかく入試を突破した学校なのだし、問題は起こしたくない。身長が高いということで少しだけ目立っているが、肩まで伸ばした髪の毛は、シンプルに後ろの低い位置でひとくくり。いわゆるローポニ。

おしゃれではないが、優等生っぽくて控えめ女子に見える髪型だとおもう。


「あ、ここだ」


いつの間にかついた会議室と書かれた扉を開こうとしたが、開かなかった。


「あれ、早くきすぎた?」


押しても引いても開かない扉に、うなだれる。もしかして引き戸かな?とも考えたが


「あら?新入生ね。待ってて今開けるから」


気がついたら後ろに大男がいた。私が、私よりも大きいと認識するほどの大男だ。

自分の頭一つ分は上にある顔をじっとみてみる。多分学年が上のクラス委員なのだろう。

原西君がいれば、名前もクラスもわかったのだろうが……。


「委員会にきたのよね?」


しまった、あまりにもじっと見すぎたせいか、不審がられたかな。


「委員会があると聞いてきたのですが、ここで場所はあっていますか」


思いっきり、何にもわかりません。知り合いの一人もいないんです。新入生ですが、ぼっちなのでとは言わなかったけど、不慣れ感を演出してみた。

染めていない黒髪を黒ゴムで結わえただけの、おとなしめ地味女子。もっとオドオドと自信なさげにしたほうがいいだろうか。


「ごめんなさいね。わたしが鍵を預かってきたんだけど、途中で人に呼び止められてしまって」


よし、おとなしめ女子演出は成功。先輩らしき人は、不審人物ではないと判断したらしい。

鍵を開けて中へと入れてくれた。


「わあ、立派ですね」


入ってすぐに声を上げてしまった。だって、すごいんだもん。

中は広く、壁と天井の漆喰(しっくい)が白く美しい。反対に床一面に広がっていたのが黒っぽいフローリング。

これはブラックウオールナッツだろうか、それとも杉?新築戸建てを購入した我が家。

設計段階で、両親がリビングの床に使おうかと悩んでいたので知っている。

今の私は、地味に建材に詳しい。

中央に大きなテーブルがあるのだが、これも高価そう。

企業のお偉いさんが座ってそうなモダンなデザイン。シンプルで無駄な装飾がないのが、ひたすらかっこよい。

大きな窓は、ダークグレーのブラインドで覆われているが、スラットと呼ばれる羽根が、今は水平にされほどよく光をとりこんでいる。

私は豪華さと全体の雰囲気にのまれていたが、大男の先輩はいそいそと準備を始めていた。リモコンを操作し、窓のブラインドを下ろし始める。電動らしいゆっくりとした動きが、なんだか優雅。

室内は一気に暗くなったが、代わりに間接照明がつけられた。

そんなに大きい光源ではないのに、明るいのは漆喰に反射しているからだろう。

さらに先輩は、隅に寄せてあった椅子をテーブルに寄せている。ここら辺でようやく我にかえった。


「あ、すみません。手伝います」


半ば終わっていたが、それでもなんとか手伝ったという体裁を持たせてくれた。

いい人だなあ。言葉使いも丁寧で親切だし、ここは名前を聞いてぜひ仲良くしてもらおう。


「あの私、一年三組の真家伊緒(まのいえいお)と言います。よろしくお願いします」


まずは先手必勝と名乗りをし、先輩の名前を教えてもらおう。


「三組なのね。じゃあ貴方の相棒は、テニスボーイ原西君なのね」


ああ、やっぱり小規模校。他の学年にも詳しいんだ

テニスボーイか。原西君はやっぱり有名なんだねと納得し、改めて先輩の名前を聞いた。


「え…名前…ね。あー皆にはマツカイって呼ばれているわ。よかったら貴方もそう呼んで」


「マツカイ先輩ですね、わかりました」


漢字だと松貝か、松会かな?割と珍しい名字だなと思った。

なぜだか複雑そうな顔をして教えてくれるマツカイ先輩。

その頃になると他のクラス委員たちもポツポツとやってきた。

マツカイ先輩と私で整えた席は、徐々に埋まりつつある。

基本的に席は自由らしく、別の学年同士が隣り合って座ってもいいらしい。ただし同じ組のクラス委員は隣あわないといけないとのこと。まあ、そのほうが便利だよね。

だからマツカイ先輩は、自分の組のクラス委員と私に挟まれる形で着席している。

どうやら私の相棒たる原西君が、未だに姿を見せないので心配してくれているようだ。

申し訳ない気持ちになる。この先輩本当に優しい。そして原西君、早く来て。

さっきから私の隣に開けてある原西君用の席に、チラチラと向けられる視線が突き刺さる。


「まだ始まらないの」


「だって、まだ来ていない人がいるよ」といった声が聞こえてくるんだ。


私は借りてきた猫みたいに、小さくなっているよ。


「会長もまだだし、それにまだ時間前よ」優しいマツカイ先輩の声が励ましてくれる。


昼間の私は、地味で弱気な控えめ女子なんだからさ、原西君。




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