呪いの壺を割ってみよう3
「紺様、紺さん、お返事なさって?」
未だに動かない召喚者の紺だが、私の゛動くな゛の術は解除した。動けるはずなのだ。それなのに動かないのは、紺自身の意思であろう。
これはあれだろうか、拗ねているのか。この場合は、更なる脅しは逆効果な気がするし。そういえば、スズキさんとの会話で、酒が飲みたいとか言ってた。
「家にすっごい美味しい日本酒があるんだけど……」
目と口に動きはない、ただ睫が少しだけ揺れる。
「東北の山奥にある老舗酒蔵の有名な日本酒を、飲んでみたくはない?」
毎年父の日には、贈り物をしている。今年は最近になって嵌っている日本酒にしてみた。もちろん未成年には購入できないので、お母さんに頼んでネットショッピング。数日前に届いたのが、今は私の部屋でひっそりと出番を待っていた。私のお小遣いは、かなり減ってしまったが。それでも日頃世話になっている母と父なのだ。二人には最高の贈り物をしたい。母の日と父の日が続くこの季節は結構辛いんだ。でも後悔はしていない。それなのにその贈り物を今ここで使ってしまって良いのだろうか。後悔するのでは?一瞬この嫌な考えも過りはした。自己嫌悪に陥る。誰かが志麻様に害をなそうとしているのだ。この呪いの壺を、避けることはできたとして、相手を突き止めないと根本的な解決にはならない。頑固そうで我が儘な目と口を説得するためには、犠牲もいとわない。そして父には、何か他の物を贈ろう。
「すっきりとした辛口で、冷やして飲むと喉ごしが最高という評価がついているのだけど」
『からくちのにほんしゅ……つまみもつくか?』
「つけるよ、何がいい?日本酒にあうつまみ……塩辛、なすの揚げびたし、根菜の煮物、チーズもあうらしいけど?」
『なんか、よだれがでてきそうだ。よしやるぞ、やすお』
美味しい日本酒とつまみに釣られた俺様召喚者の様子が変わる。さっきまでの怠惰な様子は、どこいったと言いたいほどにやる気だね。酒と食べ物の魅力ってすごい。
でも、飲んで食べたものは、どこにいくんだろう?コーセイさんの胃袋だろうか。違う気がするが、どうなんだろう。
「ああ、この壺を誰が触れたのかを確認したい」
若干疲れた表情のコーセイさんが、壺の方へと手の平を向けた。
紺の指示で、コーセイさんが壺の周囲で手を動かす。時々聞こえるのは、紺のブツブツ言う声とたまに出す方向指示のみ。
静まりかえる中で、コーセイさんがこちらを手の平ごと向く。
「解明したようです」
『おう、おれさまはしごとができるからな。このつぼにふれたのは、さんにんだ。』
目と口だけの紺だが、どうやら゛ドヤッ゛という気分らしい。目と口だけのくせに、なぜか表情がある。でも、触れたのが三人というのは運んだ者と、呪術師それに依頼主?
『はこんだのは、にじゅうだいぜんはんのおとこ。あかまつけのしんせきだ』
「二十代前半の男って、どうやってわかるの?赤松家の親戚筋ってどうしてわかるの?」
「当寺は、赤松家の菩提寺ですので、親戚筋もお見えになることが多々ありまして。紺と拙僧は情報を共有していますから」
「つまり赤松家の親戚筋のことが知識に入っていたので、年齢もわかったと?」
「まあ、そんなところですね。紺、他には?」
『ああ、くろいダラダラしたふくをきたのが、つぼをかかえてなんかやっているのがみえた。じゅつしってのだろう。あと……じゅつしのそばになんかえらそうなのがいた、そいつがじゅつしにつぼをわたしてえらそうになんかめいれいしてた』
黒いダラダラした服?呪術師っぽいのと、えらそうなやつってなんだろう。
そいつが、依頼主だろうというのが、おばあちゃんとスズキさんの結論だった。
「壺がこちらの世界のものではなく、黒いダラダラした服の呪術師と多分依頼主の権力者も、おそらく異世界の者で間違いないだろう」
「情報量が少なくて、申し訳ないです。もっと具体的に解明できるかと思っていたんですが」
「いや、こちらで骨董品を鑑定するのとは違って、異世界の物と人では勝手が違いすぎて難しいのだからしかたない」
「そうだよ、コーセイさん。むしろここまで解明できてありがたいよ。糸口もあるし」
「そうだな、特に赤松家の親戚筋とわかっただけでも助かる。写真を用意するので後ほど確認してもらえるだろうか」
「もちろんです。紺と一緒に確認させてください」
『おう、ねーちゃん、おれはやくめをはたしたぜ。さっきのやくそくわすれんなよ?』
「うん、うん。もちろんだよ。紺ちゃん、場所と時間は後から知らせるから」
口は悪いが、酒とつまみを楽しみにしているらしい召喚者の紺。得体の知れない生命他だったのが、可愛く思えてきたから不思議。
「おばあちゃん、壺を割って確実に三人のところにいくの?万が一赤松家に行ってしまうってことは?それにここにいる人と樹木なんかは影響ないの?」
「赤松家には、御前がいて志麻様はもちろんだが、家と中にいる人間ごと守っているから安心していい。それとここらへん一帯には結界を張ればいいさ。隠れている壺がなくなれば、呪いは関わりのある三人のところにいくはずさ」
「すごく簡単そうに言うけど、この広さはさすがのももっちにも無理じゃない?」
「私かい?私は、手本を見せるだけさ。ほら、こんな感じだよ、伊緒。やってごらん」
「えー、ももっち、いくらなんでもムチャブリ……」
「うーん、うん。わかったおばあちゃん、さっき見たのは、こーんな感じかな」
目の前で手本を見せてくれたんで、わかりやすかった。以前はコッソリ見ていたんで、真似っこも限度があったんだけど。わかりやすく、手本を見せてくれたので後はそっくり同じことを、自分と周囲の人及び庭の樹木も含めて広い結界を張る。
「張れたようだ、スズキ。私は無茶なことは言わない。伊緒ならできるとわかっていた」
「そうだね、張れちゃったね。あっさりと。うーん、さすがは伊緒ポン規格外」
「へへへ、真似るのは得意だから。完璧な手本をみせてくれたし」
「さて、結界は張れたし、やるかい。壺割り……その前に封印を破棄しないとね、はい、破ったよ」
拍子抜けするほど、軽い口調で封印を破いた後で、広げられた布を再び包みはじめた。あれ?せっかく出していたのに……とかぼんやりと考えていたら。
“ガシャ”という音がした。どうやら、おばあちゃんがさっさと割ったようである。思ったよりも、音が小さかったのは、布に包んであったからだろう。
そして布に包まれていれば、陶器の欠片が飛び散るのを防ぐことができるし。
そこまで考えての行動だったのか。さすがは、おばあちゃん。経験値が違うよね。でもって壺の中にいたはずの黒いモヤモヤが、出てきている?
「出てきたんだね、黒モヤ」
「ああ、これが例の……」
「呪いの現物を見るのは初めてだ」
赤松家の屋敷で見た例の黒いモヤモヤが、壺を割られたことに気づいて出てきたのだろうか?割られた壺は未だ布に包まれているので、布を通り越して出てきたらしい。どこか遠慮がちというか、様子をうかがっているようにもみえる。虫を閉じ込めて、生存競争をさせる。最後まで生き残った虫を殺して作るのが蠱毒という呪いの正体と聞いた。なんか、色々悍ましい。
呪いのくせに妙な慎重さをみせるのが、腹立たしくなるがここは放置するしかない。でも少しつつくくらいなら……。軽く手を握ると空気を圧縮し球形にする。指でつまむようにし、爪で軽く弾くと黒モヤ方面に飛んでいく。冬の乾燥した時期によく発生する静電気に似た音がした。音自体は小さいけど、小さな破裂音みたいなアレである。黒モヤも驚いたようで、一気にどこかに飛んでいった。
「呪いを虐待したのって、人類史上初だと思う。さすがは、伊緒ポン」
「えー、虐待なんてそんな人聞きの悪い。少しだけ呪いの近くで空気玉を破裂させただけだよ?小さな空気玉を」
「なんか、凄い勢いで飛んでいったね。まあ、大体の行き先はわかるし問題ないかな?ばあちゃん」
「スズキ、御前に念のため連絡をしておいてくれ。伊緒、埜蘇、ごくろうだったね、結果が出るのは明後日以降だと思うんでこの件は一応終了だ。二人ともありがとう」
「ばあちゃん……伊緒はともかく、俺は何にもしていないんだけど。俺、いる意味ってあった?」
「埜蘇……おまえには、呪いを実際にみてもらいたかったから。この場にいるだけで意味はあったさ。それに……おまえに活躍してもらうのは、これからだ。後ほどあらためて話し合いの場をもとう」
ん?途中までは、埜蘇と私にお礼を言っていたおばあちゃんが、今は埜蘇のみにコソコソと話している。気にはなったが、私の頭は黒モヤの行方とその後、それに“紺”に約束した酒とつまみをどうするかという三点にフル回転。
明後日以降にどこかで誰かに戻っていった呪いが何らかの影響をもたらす。
「んーどこでやればいいのかな……。酒とつまみ……ほとんど宴会だね。お母さんに理由を話せば許してもらえそうだけど、でもお父さんの酒を横流しするわけだから……」
呪いも気になるし、宴をどこでやればいいのかはもっと気になる。今日は土曜日だから、できれば今夜したい。だって、他にいつやれるかわからないし。
父親に贈る予定の酒を、他の人に飲ませるのに我が家を使わせてもらうのどうなのって話だ。ここはやはり、おばあちゃんの家を借りるか。でも、許してくれるかな。チラリとおばあちゃんの方を見ると目があった。
「伊緒、もしよかったら、家の和室を使うといいよ。つまみの材料は、スズキに調達させよう。他の飲み物も必要だろうしね」
私の考えを読んだおばあちゃんが、家を宴会場にする許可をくれた。よかった。早速、コーセイさんと紺に場所が決まったことを知らせる。夕食会を兼ねた宴会なので、時間は六時にした。おばあちゃんの指令によりスズキさんは、私たち三人を送り届けた後で、買い物に行くことに。そして我々は、宴会場の準備である。
「伊緒、もし日本酒を持ってくるのが難しいなら無理しなくてもいいぞ?スズキに言って、酒屋に寄ってもらうから」
玄関前に着いて驚いたことに、何と父親の愛車があったのだ。早朝から釣りに行っていたのだが、すでに帰ってきていたらしい。これはあれだろうか。
父の日に贈るべき品物を、用途を変えた自分に対しての試練なのではないのか。突拍子もない考えも浮かんだが、頭を振り考え直した。
「大丈夫、父の日にはまだ余裕があるし。“紺”に約束したのだもの。持っていくから、待ってて。あ、裏から行くから」
「わかった、戸締まりはしていないから大丈夫だ。埜蘇、縁側付きの和室を使おう。軽く掃除をして、座卓を出すのを手伝っておくれ」
「了解、ばあちゃん。座布団も用意しておくよ」
「ああ、縁側に出して干しておいておくれ。少し干すだけでも、違うだろう」
これは、ひょっとして、二人はかなり張り切っているのでは。普段は使わない来客用の座卓、座布団を天日干しにして歓迎する準備に勤しむ二人。
「伊緒、何をぼうっとしているんだい?」
「そうだぞ、早いところ用事をすませてこっちを手伝え」
楽しそうな二人を、背後にしながらとぼとぼと玄関に歩いていく私。
足が異様に重いのだが。
「ただいま」
できるだけ小さな声で言ってみた。できれば、父にも母にも見つかりたくない、という気持ちがあった。なのにそういう時に限ってである。
「「おかえり」なさい」
二人そろって出迎えられてしまったよ。仲良いね。声までそろっちゃってさ。
「伊緒、今日ねすっごい釣果だったんだよ。マスと鮎がね、面白いように釣れちゃってさ。お義母さんと埜蘇君にも分けたげようかと待っていたんだよ。一緒に帰ってきたのかい」
「ごめんなさい。お父さん、お母さん」
原西君の真似っこ再びである。深々と奇麗に下げた頭。
突然の娘の行動に、両親は驚愕するのみかと思ったが、母は違った。
「伊緒、どうしたの。きちんと説明してくれなきゃわからないわ」
さすが豪胆なおばあちゃんの娘である。真家伊都は、優しい母親ではあるが、優しさだけではないのだ。これはきちんと説明しないと納得してくれないやつだ。私は覚悟を決めるしかなかった。




