呪いの壺を割ってみよう2
俳優やモデルとして活躍している人もいるので、メディアで見ることもあるオッドアイ。日本人には発生率が少ないと言われているが、異世界の血をひいているというコーセイさんは、別枠だろうか。
「あ」は、かなの一つで、言葉としては成立していない。そして聞いた相手が色々な解釈ができてしまう母音のみの一音節でもある。
現に、先ほど発した私の「あ」という一音節を聞いて、周囲が反応しているのだ。特に気になるのが、副住職のコーセイさん。
発したことを後悔しつつ、相手がどう捉えるかを考える。
どうか、深く考えませんように、ネガティブに捉えませんように。体感時間は長く感じるけど、実際には5秒くらいだろう。
コーセイさんと目が合った、さっとそらされた。ああ、これ絶対、ネガティブに捉えられている。
オッドアイに偏見を持っているとか、面白がっているとか、思われているのだろうか。でもこれって、私自身も、ネガティブな方に寄っている気が……。
どうしよう、謝罪するべきだろうか。そうするとますますネガティブゾーンにはまりそうな気も……。
謝罪という言葉が頭の隅に、引っかかった。思い出したのは、会議室で原西君が披露してくれた丁寧なお辞儀。謝罪の意味を込めた丁寧なお辞儀には、誠意を感じた。真似してみよう。
「中島さん、タイミング悪く“あ”なんて声を出してしまいすみません」
言ってから急ぎすぎずに静かに丁寧に頭を下げる。
空気が和らいだ気がした。
「いえ、大丈夫です。どうぞ、頭を上げてください。気にしていませんので」
よかった、大人の対応をしてくれた。気にしていたのは、確実なのに……やはり人格者なのだろう。
失言を許されたことで、私の気も緩む。
「ええと、では、はじめますか?」
「まずは、箱から取り出したほうがいいのか?」
近くにいたスズキさんが、手を伸ばすのをおばあちゃんがとめた。
「いや、念のためそのままで。とりあえず布を広げて……そうそんなふうにしておけば、割っても広がりにくかろう」
「そうだな、割った後の片付けも考慮は必要だ。じゃあ、壺は出さずに布を広げて、と。あとは、封印を解くだけ。いや、その前にコーセイさんの鑑定かな?」
あれ、スズキさんは護符や封印といった呪いに関しての専門家だと思っていたんだけど、どうやら封印に関しては……素人?
柔らかそうな布から出てきたのは、例の趣味の悪い壺だった。口の部分を紙が多い、紐でしっかりととじられている。紙には力強い字体で、“出るな”と書かれてあった。これが封印なのだろうか。
「御前の書かれた字は、力強い。相変わらず。だからこそ、効いているのだろうな。伊緒の言っていた呪いっぽい存在が中で縮こまっているのを感じるよ」
「呪いの封印って、もっと素人には読めないような専門用語を使うんだと思っていたけど、そうでもないんだね?」
「伊緒ポン、それ違うから。御前はなんていうか規格外なだけだから。コーセイさん、その壺このまま鑑定できるかい?」
「ああ、そうだな。封印を破棄する前に鑑定をしておいた方がいいだろう。副住職、壺の産地はわからないだろうか」
日本だけでも有名な焼き物の産地がいくつも存在している。私の知っているところだと、信楽焼だろうか。蕎麦屋の玄関前で、みかけることもあるタヌキの置物を思い浮かべる、可愛い!壺の形を思い出す。あの悪趣味な壺の産地はどこなんだろう。
「そうですね、日本ではないです」
「えっ、もう鑑定終わったの?コーセイさん」
いつの間に鑑定していたのか、答えは日本以外……海外産?
「海外でつくられた?」
おお、埜蘇が私と同じ考えに行き着いた。
「いえ、こちらの世界ではないということです。つまりその……」
言いよどむ副住職。「それはもしかして、異世界ということだね」
おばあちゃんが、確認する。
「コーセイさん、できれば運び入れた人間も特定したいんだけど、鑑定ではこれ以上は無理かな?ってことは、アレを使うしかないと思う」
「それはええ、御前からも依頼されていますし。でも使っている間は、集中したいんで絶対に騒がないでください」
「了解、コーセイさん。何が起こっても俺が力づくで、静かにさせるからまかせて。というわけで、ももっち、伊緒ポン、埜蘇、今からコーセイさんは別の能力を使うけど声ださないで。動くのもダメ」
スズキさんは、おばあちゃんと私と埜蘇に話しかけているが、視線はしっかりと私。自分が要注意人物であることを実感する。
副住職は、左手の平に右手を近づけて何かをスルッと剥いだ。おそらくは大きめな版倉庫とかテープを。皮膚の色と似ているので、一瞬ドキリとする。
自分で皮膚を剥ぎ取ったかと。そんな猟奇的なシーンを見ても、声を出さなかった自分を今は褒めてやりたい。だって、怖かった。
「コーセイさん、調子はどう?」
「待ってください、スズキさん。まだ、寝ぼけているようです。それに普段から性格が良いとはいえないのですから」
副住職の鑑定とは違う能力が何なのかはわからないままだけど、左手に関係しているのだろうか。気になることは多いのに、聞けない雰囲気。
少しの間、副住職は左手を軽く開いた状態で、じっとしている。いつの間にか手の平に、目があった。最初は描かれた絵のように平面的だったのが、徐々に立体的になりうごめき始める。
『おーう、ひさしぶりじゃねえかあ、やすおよう。それでぇなんのようなんだよう。なにをみさせたいんだあ』
え、目がしゃべったのかな?ああ、目以外にも口の部分もあったのか。納得したくはないけれど、ただいま進行中の現実である。どうやらこれが、副住職の鑑定以外の能力らしい。やすおって、副住職のことかな?それにしても、ガラが悪すぎでは……副住職はあんなに礼儀正しい人なのに。
「おっすー相変わらずガラが悪いねー、礼儀に厳しいコーセイさんの体の一部であるのに」
『なんでぇ、スズキもいるのかよ。おまえもひさしぶりだな、うまいさけでものませろよ』
スズキさんは、コーセイさんの手の平の目に挨拶をしている。さすがは元からの知り合いの酒飲み友達。こんなとんでもない秘密も共有しているのか。
あっ、少しだけウラヤマシイ。友達。フレンド。りまちゃんの顔を思い出す。
「スズキ、コーセイさん。まあ、驚きで頭が上手く働いてはいないのだが、その手の平に出現した目と口で壺を詳しく調べることができるのかい?」
「はい、山藤さん。この左手にある目と口は、拙僧の体に取り憑いています。母が助けになればと召喚してくれました。過去を視ることができるのです。ただ、非常に気分屋で我が儘なもので、言うことが聞かせられるとは限りません。申し訳ないです」
すまなそうに、謝罪する副住職と、ものすごく俺様で態度が悪い目と口。
お母さんが、召喚する能力持ちということだろうか。召喚獣?獣じゃないか……召喚された何か。
過去を視られる能力ですと?それって、骨董品の鑑定にものすごく役立つ能力だよね。でも能力自体が我が儘で、持ち主の言うことを聞かないとはどういうことかな?もっと近くで見たいけど、それを言い出せる雰囲気ではないのは、さすがにわかる。でも、声を出さなくて動かなければ……
自分の使える能力について考えた。意識を少しだけ副住職の側に寄せることは可能だろうか?そう、いつもの夜散歩とは違う、例えば意識の半分くらい。
残りの半分の意識でこのまま体を支えておく。誰にも気づかれないように、そっと覗き込む。
『うっっわ?なんだ、このけはい。ものすごくつよいあつをかんじるぞ』
あれっ他の人には、気づかれていなかったのに。コーセイさんの手の平にある目と口だけの能力に気づかれちゃったよ。ま、目があっちゃったし、仕方ない戻ろう。そして何事もなかったふりをしとこ。
「何を騒いでいるんだ?それよりも、早く仕事に取りかかろう。紺、この壺に触れた者は誰かわからないか?」
「目の色が紺色だから紺という名前をつけたんだってさ」
「紺っていうのは、その手の平にある目と口のことなのかい」
「確かに安直なネーミングだと思うけど、わかりやすくていいんじゃない」
どうやら、我が儘な能力には、名前があるらしい。紺、ね。
それにしても、声を出すなとか動くなとか言っていたのにスズキさん。
もういいのかな。私以外の人が、自由に話しているんだけど。
ここは、頑張って静かにしておこうかな。そして皆が油断している内に、もう一度近づいてみよう。さっきは意識の半分で気づかれたのだから、さらに半分くらいでいってみるか。いや、それより目の代わりを作るのはどうだろう。
うーん、レンズになるものは、ないかな。空気中の水分を集めてから、それを結界に封じ込めたらレンズの代わりにならないだろうか。
「伊緒、さっきから何をやっているんだい?」
集中していた私は気づいていなかったけど、おばあちゃんがすぐそばにいた。
頭をがっしとつかまれた。
「今すぐにその術をやめなさい。やけに静かだと思ったら、まったく」
術者の集中力が途切れたことで、せっかく集めていた空気中の水分も、散っていってしまう。残念、新しい術だったのに。
「あー、もう少しのところだったのに」
「伊緒ポン、何かやってたの?相変わらず規格外だねー、そして実行できてしまうあたりが怖すぎるー」
「伊緒、おまえ何しようとしたの?」
「そんな術を使わんでも、直接見させてもらえばいいだろう。すまんがコーセイさん、この子にその手を見せてやってください」
頭をつかまれたままで、副住職のところまで連れていかれたよ。
「うっごめんなさい、動くなって言われたんで、静かに見ておきたいなと思っただけなんだけど」
「おまえの規格外の能力を察知したらしい、コーセイさんの大切な召喚者である“紺”殿がびびり散らかし、いや、萎縮してしまい使い物にならなくなったぞ」
おばあちゃんが、言っている協力者の紺ってあの手の平にある目と口のことなのは、間違いない。でもあのガラが悪そうなのが、びびっているの?私がちょっと覗き込もうとしただけなのに?
「えー?どれどれ、“紺殿”どうなされました。私は、真家伊緒と申しますが、ちっとも怖くはないですよー」
副住職のコーセイさんに会釈をしながら、ゆっくりと近づいて手の平を見た。
目と目があった。人であったら、虹彩と瞳孔がある部分が、くっきりとした紺色だけだった。白目との境がはっきりとして、奇麗だと思う。そして睫がふっさふっさだったよ。なんだろ、これ、可愛いかも?りまちゃんだったら、キモいって言いそう。
「“紺殿”コーセイさんは、大切な主でしょう?我が儘言って困らせるのはどうなのかな。ん?」
『……。』
「あれっ黙っちゃった。それでもって、目を閉じて……あら、いなくなろうとしているの?ちょっと待ってよ、紺殿、紺様、紺ちゃん逃げないでっ!おおっと、ストップ!止まれ、“動くな”」
御前の封印は、紙に文字を力強く書くということで効果があるんだと知って、あれはもしかして自分にもできるのではと考えていた。しかし手元に紙と書くものがなかった場合はどうするか。答えは声に力を纏わせることはできないのかであった。やってみるものである。効果はあった、目と口は副住職の内側に逃げるのをやめ、今は停止している。というか動けなくなっていた。
「御前の封印を真似したんだけど……効果覿面」
「御前の真似?まさか、あの壺に貼ってあった封印のことかい!」
「伊緒ポンは、人の使う術を真似できちゃうんだ?」
「見ただけですよね?」
「真似っこは昔から得意だったな」
私が自分の真似っこでかけた術に、大満足していたら皆が騒ぎ出した。
あれ、おばあちゃん。御前の真似っこはまずかったかな?スズキさんは、今更なことを言っているし。コーセイさんは、初見のショックか顔面が蒼白に。
耶蘇が生意気にも一番当然のことを言っている。そう、私は真似っこが得意。
「さ、紺様?壺に触れた人を視てくださいな」




