呪いの壺を割ってみよう
「呪いの壺は、車に積んできたよ」
スズキさんは、あっさりと軽く言ったが、その内容は不穏だった。
「スズキ、呪いの壺なんだろう、扱いが軽すぎやしないかい?」
「スズキさん、割れないように、処置してきたんだろうな?万が一ってことも……」
「スズキさん、あの壺の近くにいて、嫌悪感と恐怖心はわかないの?」
呪いの壺という強烈なアイテムに対してあまりにも、軽すぎるスズキさんの対応に、各人各様の感想と疑問を呈する。
「んーそれは大丈夫。呪いが簡単に出入りできないように、封印してくれたし。運んでいる内に割れないようにと柔らかい布で幾重にも包み、木の箱に入れてきたしね、御前が」
だから、安心だと胸を張るスズキさんと懐疑的なおばあちゃんが対照的である。
やがて、ハッとするおばあちゃん。
「要するに全部が、御前の指示通りなんだね。まあ、それなら……で、どこで割るんだい?言っておくが、この家に持ち込むのはお断りだよ!たとえ、御前の指示でもね」
「それも大丈夫。ももっちが嫌がるのは、御前もわかっていたから。この近くにお寺があるっしょ。あそこの住職一家全員が、御前の信奉者でね。すでに連絡済みなんで、ももっちがいいならそこで」
「お寺に呪いの壺を持っていくのかい」
「そそ、住職夫妻は留守にしているけど、快く了承してくれたし。息子の副住職が立ち会ってくれるって。これから向かう予定なんだけど、ももっちも行くでしょ?埜蘇と伊緒ポンはどうする?」
「お寺って、松北学園の裏道からずっと小柴垣で囲んでいるあそこのこと?」
「確か、松香寺だったよな?名前。スズキさんと境内の松を手入れした記憶がある。なんていうのか、香りが爽やかで気持ちよかった」
「うん松香寺の境内にある松は有名だからね。あの大木以外にもたくさんあるよ、あそこは敷地広いから」
「スズキ、松香寺は、ここら辺で育った子供達の遊び場だ。境内でかくれんぼや鬼ごっこもした。ただ私が覚えているよりも、広くなっていないかい?それに隣接した土地は、果樹園だった気がするんだが?」
「ん、果樹園は、まだあるよ。元の持ち主が事情で土地ごと売却したんだ。で、買い取ったのが副住職なんだよね」
「あれだけ広い土地で果樹園付き、いいな、でもすっごく高そう。億は超えるよね?」
「土地は広いけど、用途が限られているのでそこまででは……八千万円くらいか?」
「さすが、ももっち。ピタリ賞。八千五百万円でした」
「それ、ピタリ賞じゃなくて、ニアピン」
「どっちにしろ、すごい金額だね。お坊さんて、そんなに稼げるの?」
「僧侶の収入は、墓地や納骨堂の管理費や、法事や葬式のお布施が基本だろう。でも受け取ってもそのまま収入にはできなくて、一度お寺に納めるシステムのはず。そうやって、得た収入を給料として配給するんだけど、俺のみたとこ、松香寺の経営はうまくいっていない」
「松香寺は、赤松家の菩提寺だけど檀家の数自体は多くないし、そんなに経営が上手くいっていないなら、どこから資金を……御前が融資したのかい?」
「そうだな、少し面倒くさいけど最初から説明するわ。事の起こりは、果樹園の元の持ち主である松江のじーさんの孫が難病になったことかな。で、松江一家は、全財産をはたいても孫を助けようと決意したんだ。でも、先祖代々受け継いできた大切な果樹園だから、変な相手には売りたくなかった。そこで松香寺の住職に相談したんだよね。多分赤松家あたりに、話を持ちかけて欲しかったんだと思う。ただ名乗りをあげたのが、副住職のコーセイさんだったんだけど」
「でも松香寺は、経営が上手くいっていない。だったら、副住職の給料だって……多くはないはずでは?」
「うん、コーセイさんは本業よりも副業のが、高収入だからね。鑑定の能力持ちなのよ、で、ももっちも知っているでしょ?御前の店」
「高価な絵画や骨董品の売買は、真贋を見極めるのが難しいとぼやいていらしたが……ああ、なるほど。そこで、鑑定能力を買われたのか」
「そうそう、贋物を買い取らされるのも困るけど、万が一でも贋物を売ったということになれば、信用問題だからって。他にも鑑定士はいるらしいけど、コーセイさんの鑑定能力は、突き抜けているらしいよ」
「……スズキ、やけに詳しいな?」
「まあね、コーセイさんを御前に紹介したの、俺だから。コーセイさんとは元から飲み友達だしね」
ニヤッと笑うスズキさん、あれって絶対おばあちゃんを驚かそうとして、最後までとっといたネタに違いない。わかりやすい、でもおばあちゃんは驚いていないので無駄だけど。こういった一見すると無駄でしかない行動も、人に好かれる要素かもしれない。スズキさんの交友関係は、とことん広いしコミュニケーション能力に優れていると思う。ふーん、飲み友達かあ、いいなあ。
「そういうことで、御前のお墨付きもバッチリなコーセイさんの鑑定を壺にかけてもらえば、何かわかるかもよ」
「そうか、御前に信頼されているなら……鑑定能力スズキ、まさか副住職は」
「ご明察、さっすがももっち。感がいいねえ、コーセイさんは、俺らと一緒。コーセイさんの母親で住職の奥さんが、赤松家の出なのよ。つまり異世界の血をひく仲間というわけ。それに鑑定能力だけでなく人格者でもある。さあ、仲間に会いに行ってみよう」
ノリノリで拳を突き上げ、外へと先導するスズキさんをもはや誰もとめようがなかった。おばあちゃんは最初から行く気だったし、埜蘇も二人に強制参加させられるのは必至だったろう。行くか行かないかに関して、私は微妙だったんだけど、俄然興味が出てきたんだもの。主に鑑定能力が使えるという副住職に。で、やたら張り切っている一人と高ぶりも何もない三人が、外へ出るとそこにはちんまりと可愛らしい軽トラがあった。
助手席には、例の壺が入っているとおぼしき箱が鎮座。
あれ、どうやって乗るの。
「スズキさん、俺たちどこに乗れば?」
「そうだな、スズキ、私はその重そうな箱を抱えて乗るのは嫌だぞ」
「私も嫌だな、呪いの壺だし。包まれていても、封印されていても何か嫌だ」
「ええっ、まあ、全員分の座席はないけどさ。荷台に乗っていけばいいんじゃない。公道を走れば道路交通法に引っかかるだろうけど、人が通らない裏道通って、寺の私道に入れば問題ないよ。ちょっと風当たりが強いかもだけど」
どうやらスズキさんの頭には、呪いの壺を荷台に移動させ助手席に人を乗せるという考えは皆無らしい。まあ、布に包まれているそうではあるが、割れたらと考えると怖いしね。それにどうせ残りの二人は、荷台だものね。
でも、荷台か、風が当たると聞いて少しだけ胸がときめく。
だって、走る車の荷台で風に吹かれるという体験はなかった。
「じゃ、しかたないので、荷台に乗っていきましょう?」
「しかたないとかいいながら、楽しそうに見えるのは、気のせいか?」
「ふう、そろそろ還暦を迎える年寄りに荷台に乗れなんてとんだ無茶ぶりさね」
文句をいいながら荷台にに飛び乗る姿は、どうみても身軽なアスリート。年寄りとは?次に飛び乗ったのは、耶蘇。これもまたアスリート並みの身ごなし。
でも私も負けていない。学校の体育の時間などは手を抜きまくっているが、実は身体能力は高め。三人共素早く荷台に乗り込んだのを、みたスズキさんも運転席につく。
「……」
「……。」
「うわっぷ」
他の二人は、口をしっかりと閉じ無言をつらぬいているが、私だけ初めての荷台に乗るという体験に油断していた。ちょっと風に吹かれるなんて表現は甘いと思う。スピードは出していなくても、直接あたる風は強い。そして痛いのだ。目も猛烈に乾くし、口を開けていると髪の毛が入ってきてメチャクチャうざい。口と目を閉じて、荷台に座り込むと少しだけ風当たりがやわらいだ気がする。そしてひたすら待ったよ、到着するのを。
「ついたよー」
スズキさんの緊張感のない声がして、私は目を開けた。
耶蘇とおばあちゃんは、すでに荷台をおりて各々足腰のストレッチ中。
やはり、乗りなれない荷台である。身体能力高めの二人でも、筋肉をこわばらせていたのかもしれない。周りを見渡す。
「え?あれー?」
私の声は、疑問にあふれていた。なぜなら目の前には、都心部にふさわしいモダンなデザインの建物があったから。
スズキさんがいうには、寺のほうではなく、庫裏と呼ばれる住居のほうで鑑定をするということだった。だとすれば、この都会的な建物は庫裏なんだろうか。勝手だが寺院建築は、重厚な瓦葺きの屋根と太い柱に守られた本堂というイメージ。併設される住居部分もそれに類似した建築物だと考えていたのだが。
「おお、かっこういい。黒と白のコントラストがイイネ」
普段無口な埜蘇が、思わず褒めるほどに、洒落たデザインの家だった。
黒い屋根と白い漆喰の壁、玄関は黒い開き戸だが、モダンなデザインでこれまた洒落ている。窓枠も黒なので、アクセントになっているのがよい。私と埜蘇が家の外観に夢中になっている間に、スズキさんが玄関横に設置されていたインターフォンを押して到着を知らせていた。相手は多分待ちかねていたのだろう。インターフォンへの応答は、なかったが家の中で響いたのはわかった。
あー鳴っているなーと思っていたら、軽い足音がして玄関が開けられた。
「待ってましたよ、スズキさん」
顔を出したのは、黒っぽいサングラスをかけた細身の男性だった。
白い肌に鼻は高からず低からず、筋が通っている。唇も厚すぎもせず薄すぎもせずといった顔。目はサングラスで隠されているので、わかりづらいがかなりの美人顔ではなかろうか。男性だけど。
「お、コーセイさん、おひさっ」
「はい、久しぶりです。この前一緒に飲んで以来ですね、ではなくて遅かったじゃないですか?拙僧はずっと待っていましたよ。どこですか例の物は?」
所見では整った白い顔とサングラスのせいで、怪しげな闇組織の一員にも見えた副住職。スズキさん相手に話しているところは、欲しかったお土産を手に入れようと焦っている子供に見えてきた。
「コーセイさん、初めて会う人間を三人連れて来たんで紹介していいかな?右から埜蘇、伊緒ポン、そして山藤ももさん。山藤ももさんと埜蘇は、俺の仕事仲間でもある。そして伊緒ポンは、今回呪いの壺を見つけてしまった子」
スズキさんが、私たちを簡単にコーセイさんに紹介してくれた。
おばあちゃんと埜蘇は軽く会釈し、最後に少々不本意な紹介をされた私は、曖昧に微笑んで頭を下げる。
「そしてこちらが、コーセイさん。松香寺の副住職にしてあの御前に一流の鑑定の能力持ちとして認められた逸材である。さらに難病の子供を抱えて困っている果樹園の持ち主を助けるために自ら借金にまみれてしまった人格者というかお人好しでもある。まあ、高潔ともいえる」
コーセイさんを思いっきり持ち上げるもそこに悪意はなく、スズキさんがいかにも好意を持って接している様子が窺えた。サングラスをかけているので、わかりづらいけど、多分本当に善人そう。
「スズキさん、そんなに褒めても何も出ませんよ、お茶くらいしか。本日はよろしくお願いします。鑑定は中庭の方でしましょう。あそこなら万が一にも人に見られることはないので。こちらです、ついてきてください」
スズキさんが、壺の入った木の箱を持ちコーセイさんの後をついていく。
その後を、おばあちゃん、埜蘇、私の順番で子ガモのように連なって歩く。
建物と木の間は、大人が五人は歩けるほどの余裕がある。
樹木に詳しくない私がわかるのは、赤松くらいで、なんとも爽やかな香りに癒される。埜蘇も気に入ってたみたいだし、ウッデイな香りは、心を落ち着かせてくれる効果があるようだ。
「ここです、スズキさんこのテーブルに置いてください」
案内されたのは、様々な形の薔薇が咲き乱れる美しい庭だった。誰が手入れをしているのかは、知らないがその人は薔薇を好んでいるらしい。
「ええと、では鑑定します」
コーセイさんは、静かにサングラスを外した。
「あ」
声を出したのは、私だ。右目が黒、左目が青というより青灰色だろうか。
目の色が左右で違う人が、いることは知っていた。先天的あるいは後天的な理由で起こりうるのも。でも実際に見るのは、初めてでついつい声を出してしまった。




