おばあちゃんの説教3
私はおばあちゃんに、渾身のお願いします攻撃をかました。
土下座しただけだけど。畳のある和室だし、ジャンピングもスライディングもない普通の土下座だが、効果はあった。
「おばあちゃん、お願いします。私を異世界に連れて行ってください」
「はああ、こうなると伊緒はしつこいからねえ」
ものすごい深い溜息とともに、そんなことを言うおばあちゃん。
でもこれはもう一押しなのでは、と期待が高まる。りまちゃんを探したいんだよ、お願いします。
「ばあちゃん、赤松家の呪いの話はいいの?」
「それも、あったね。赤松家の問題を片付けてからだね。行くとしたら」
「あー、確かに志麻様は、苦しんでいらっしゃったね。私もできれば、助けてあげたいけど……できることあるかな」
呪いに関する知識と術も持たない自分では戦力外だろうと考えていた。ここはおばあちゃんとスズキさん、もしかして埜蘇も参戦して何とか解決してもらいたい。他力本願であるが。
「そうだね、護符をもっと強くできないか、呪いの壺をどうにかするのが先かは、スズキに相談するしかないね。伊緒、異世界にいる東堂りまは、安全な場所にいるから心配はいらん。赤松家の問題をとっとと片付けるよ。こうなったらおまえにも手伝ってもらうよ。あ、もちろん埜蘇もだよ」
それだけ言うと、スズキさんに連絡をとろうと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
「行っちゃった、おばあちゃん。埜蘇、あんたも赤松家に行ったことあるの?仕事?それとも別の用事?それともこれ聞いちゃダメなやつ?」
バスケットの中身を全て平らげて、ようやく満足げな様子の埜蘇にダメ元で話しを振ってみる。仕事の内容なんて教えてくれないよね。
「うーん、それは教えられるよ。ばあちゃんも、手伝えっていってたし。多分伊緒もある程度内情ってのを知っておいたほうがいいとおもう」
折った指の上に、顎をのせて少し考える様子をみせてから徐に口を開いた。
なんだ、それちょっと格好いいぞ、埜蘇。
「赤松家は、色々な意味で赤松市の中心的な存在なことは知っているか?元々は、ここら辺一帯を預かっていた大名主だったんだ。江戸時代には、名字帯刀を許されていたらしいから、すごい信頼と人望があったんだってさ」
「武士でもないのに、名字帯刀を許されたのは凄いと思うけど、でも名主制度って、明治時代に廃止されているよね?まあ、権力と信頼は維持されていたと思うけど」
「そう名主制度は廃止されたが、別に無職になったわけではなく行政の全般を請け負う形だな。戸籍管理や税の徴収、学校に警察といったところか?役所の前身かな。戸長と呼ばれたらしいし、経済的にも成功しているので敬意を持たれてもいるが、妬む人間も一定数いる」
「埜蘇、学校は通っていないと思っていたけど、実は勉強してたの?歴史についての知識が、通っていた私よりも深い、凄い、負けた」
「通ってはいないけど、勉強はしていたよ。時間は仕事と訓練の合間をみつけて、伊都おばさんに伊緒の古い教科書とかもらってたし……」
「あ、いつの間にかなくなってた教科書って、埜蘇のとこだったんだ。親族同士の有効利用最高だね」
「ぷっ、なんだよ、そのリサイクルサイコーみたいなノリって、でもよかった。俺教科書もらっちゃっていいのかなっておもっててさ。後で見返したいこととかなかったのか?」
「ないよ、そんなの。暗記が必要なところは、しっかりと覚えているし。まあ、必要になったら、埜蘇に聞くさ」
「おう、まかせとけ」
埜蘇のうれしそうな顔を見ていると、なんだかこっちもうれしくなる。
二人して、なんだかほのぼのしていたら、おばあちゃんが部屋に入ってきた。
「二人とも、たのしそうだね。ところで、スズキと連絡とれたんで壺と護符のことを相談してみたんだが……」
おばあちゃん、話し始めたのに、気になるところで言葉をきらないで
「ばあちゃん、話の先がすっごく気になるんだけど?続きは」
「結論から言うと、護符の強化は少し時間がかかるらしいのだが、壺の方をどうにかできるらしい」
「へえ、護符を作っているのってスズキさんだったの?それとも仲介ってこと?壺をどうにかできるんだ、どっかに移動させるとかなの?割ってしまうとかはどうなの?」
「そういえば、言ってなかったか。護符を作ったのは、スズキだよ。あいつは護符や道具作りなんかが得意なんで任せているのさ。壺は簡単に移動はできないよ。どうやら身内からのもらいものらしく、下手を打って相手に悟られてはまずいと判断されたらしい。割るのは論外だよ」
呪いの壺が、身内からのもらいものってどういうこと?なんとなく埜蘇の方をみると、“内部事情”と口の動きだけで伝えてくる。あれ、もしくは“お家騒動”
かな……こういうのは苦手、
「伊緒、そういえば、おまえはどうして赤松家に行ったんだい?夜にふらふらするのは、ストレス発散とか言ってたけど、市の中心地に行っても面白い物は特になかろう?」
「あ、それは、ほら、なんといっていいか、学校の委員会で、志麻様の匂いがあまりにも甘かったので誘われてしまい……まして、気づいたら赤松家まで彷徨っていたんだよね」
匂いに誘われたなんて、少し変態っぽかったかな?おばあちゃんの無言がコワイ。そして埜蘇がなんでか、ドン引きしている。なんでよ?やっぱり変態っぽい?
「匂い……甘い匂いがしたのかい?志麻様から……そうかい、それは、なんといっていいか、問題だね。いや、これはもしかしたら、家の後継者問題とかではないんだろうか?それよりももっと……うーん、伊緒、甘い匂いは確かにしたのかい?他の人はどうだった……変な様子を見せたのはいなかったんだね。じゃあ、多分まだ大丈夫だろうか、ああ、もう一度スズキに連絡しなきゃならないね。奥様や旦那様にも知らせないと」
最初は私に問いかけていたけど、途中からはおばあちゃん自身に問いかけているようだった。混乱したままのおばあちゃんが、「伊緒、埜蘇、そのままで待ってておくれ」とだけ言って、再び部屋から出て行ってしまう。
「ばあちゃんがあんなに焦ってんの久しぶりに見た気がする」
「ああ、そうね。でもそんなに大問題なのかな?会長が甘い匂いさせているのって」
「うーん、多分それ香水ではないし、体臭でもないんだろう?考えられるのは、能力なんじゃないか。ほら、ラノベとかで出てくるだろう。魅了とか幻惑魔法みたいな能力が」
「埜蘇、それってつまりそういう能力を使える会長が、異世界人の血が入っていると言っているのかな?」
「……自分で言っておいてなんだけど。伊緒に言われてハッとしたわ、志麻様の容姿だけでも想像ついたはずなのに。俺は超鈍感かもしれない」
あれ、自分の言動で自分にダメだししちゃって、ダメージくらっているわ。埜蘇ってば、あっはっは、立ち直れよ、あんまりしおれて油断していると。
「うわっなにすんの?痴漢、痴女! おまわりさあんここに変態が」
「ギューッとしちゃうよ」
「いきなり抱きつかないで、抱きつきながらギューッとする宣言しないで」
「うーん、埜蘇ってば、可愛いねえ」
「うわ、こんなときにこんなところで、能力を使うのはとんでもない無駄遣いだって」
「あら、抜け出そうとしている。えいっ押さえ込み」
「おまえら、スズキもきてくれたんだが、何をしとるんじゃ?」
「えへへ、埜蘇があまりにも可愛かったんで。てへっ」
「こりゃ、こりゃ、面白いものがみれたね。おじゃましますよ、伊緒ポン、埜蘇。ぷぷっ」
おばあちゃんの家なので、おばあちゃんが部屋に入ってくるのは当たり前。
でも後ろにいた人物の来訪は、想定外だった。安定仕様の作業着で、帽子を脱いで挨拶をくれたのは、スズキさん。
小さな頃から知られている私の呼び名は、伊緒ポン。
おばあちゃんの仕事仲間で、埜蘇を訓練と称して山の奥に連れて行くスズキさんは、謎多き人だ。
第一に、最初に会ったころと、今も見た目が全く変わっていない。
幼稚園の頃には、会っている記憶が残っているので、十年以上経ているのにだ。
「おひさしぶりです、スズキさんお元気でしたか?」
私は抱え込んでいた埜蘇をはなして、スズキさんに挨拶をする。やっぱりこういった礼節って、大切だと思うからね。
「面白いものって、なんですか、ひどいですよスズキさん。そして伊緒おまえは、手加減を覚えろ」
「埜蘇、どこか痛めてないかい?伊緒おまえは、ほんと加減をしなさい。力の加減をせずに愛情表現をするのはやめなさい。埜蘇、体が大丈夫なようだったら四人分のお茶を入れて茶菓子も持ってきておくれ。伊緒は、スズキにもう一度赤松家の様子を詳しく説明してもらおう」
スズキさん用に座布団を一枚追加して、埜蘇以外の三人が卓袱台につく。
「伊緒ポン、例のアレで赤松家に行ったんだって?匂いをたどっていったのかい?それは、真家の家まで、匂いが漂っていたってことかな」
「ええっスズキさんも、幽体離脱のこと知っているの?なんだか恥ずかしいなあ、ちょっとしたストレス発散なんだけど。まあ、ストレスの原因は委員会で。その委員会に出席したときに、匂ったのが志麻様なんだけど。あれ、あの時は近寄ってから初めて匂いを感じ取ったんだっけ」
「うん、うん。それで?」
「浮遊している時は、特に目的地はなかったし、なんとなく市の全体を見てみようかなくらいに思ってふらついてたんだけど、赤松家の屋敷に近づいたあたりかた、抗いがたいほどの高揚感があって、さらに近寄ってみたら甘い匂いが強くなってどんどんすすんでしまいました。えーと、以上です」
「なるほど、あの屋敷自体が広いし誰がどこにいるのかわかりづらいのに、的確に若様の寝室をつきとめたのは、匂いにひき寄せられたと」
若様?時代劇みたいなセリフを現実で聞いたのは初めてである。志麻様はスズキさんに若様って呼ばれているんだ。
あれ、なんだか私、高貴な身分の人に夜這いをかける痴女扱い?いや、でも匂いにつられただけなんだけど、これって罪になるの?内心で青ざめていると、スズキさんに話しかけられた。
「伊緒ポンが若様に一目惚れとかでなければ、やはりこれは若様の能力が覚醒したとみるべきだろう。呪いをしかけられたせいで、危機感をもったのがきっかけかもしれないし、他の要因も考えられなくはないが……」
「志麻様の覚醒は、喜ばしいこと?でいいのかね。先の姫様と同じ能力というところが、少し……。赤松家の皆様にもお知らせしなくてはいけないし、忙しくなってきたね」
「まあ、能力の覚醒自体は喜ばれるとだろう。当面の問題は屋敷に入れる誰かが呪いを仕掛けたことだ。で、誰がってことを、つきとめる必要がある。だから呪い返しをするのが手っ取り早い」
「どうやってさ?割るのは、だめなんだろう。さっきそういって……」
「実は、偶々仕事先で御前に会っちまってな。で、ちょうど“ももっち”に相談されていたところを聞かれてしまい……ホラ、御前は耳がいいうえに好奇心が旺盛だから」
「え!御前に話してしまったのかい?うーん、嫌な予感がするよ」
「まあ、御前は白黒つかないことや、事を長引かせるのも好きじゃないし」
「で、割れってことかい。御前が決定したことならまあ、仕方ないけども」
おばあちゃんは、名前をももという。名付けたのは、おばあちゃんのおばあちゃん。名前で呼ぶ人はあまりいないが、スズキさんだけは例外。
“ももっち” 聞き慣れないけど、まあ、名前だからね。
でも、御前って誰?と聞きたいけど、これ絶対聞いても教えてくれないヤツ。
後で、こっそり誰かに教えてもらおう。
そして割ることは、決定したらしい。もちろん、壺を移動させてと。
「で、今な、車に積んできているんだけど、どこで割ったらいいとおもう?」
って、スズキさんが言い出した時には、三人とも呼吸をするのを忘れてしまった。




