おばあちゃんの説教2
言いたいことをまとめるためか、喉が渇いたのかコーヒーをぐいっと飲んでから話し始めてくれた。
「小学校4年生の時に、伊緒は異世界に足を踏み入れたことがある。覚えていないのは、私が前後の記憶を封印したからさ。もし封印して強引に連れてこなかったら、伊緒はあっちの世界で能力を暴走させて、最後は干ものみたいに干からびて息絶えていたろうさ」
能力値は大きくても体は子供だし、使い方もよく心得ていないしね、と溜息をつくおばあちゃんを黙ってみていた。ただし、口を大きく開けっぱなしで。
「伊緒、口の中乾くぞ。閉じろよ」
従弟ならではの優しい心遣いがしみる。そしてちょっぴり恥ずかしい。
口を閉じて、おばあちゃんに聞いてみることにした。
「だから小学校の4年の記憶って曖昧なんだね?異世界で暴走したの?友達のこととか何にも覚えていないし……」
「伊緒、友達いたのか?」
「埜蘇がひどーい、いたわよーきっと」
「うーん、その辺はオブラートに包んでおやり埜蘇」
「えーなにーおばあちゃん、それじゃあ私は小学生からぼっちだとでも?
さすがに小学校では、友達の一人くらいは……いたような」
「伊緒、なにか、思い出しかけたんだね。そろそろ記憶の封印もとける頃合いだし、自力で思い出してごらん、実を言うとあまりやりたくないんだよ。能力の封印と違って、繊細な作業なんで面倒くさいし」
最後のが本音な気がする。そんな繊細な作業なんだね。面倒くさいっていわれちゃった。
おばあちゃんてば、記憶を封印した本人のくせに。でも、できるのかな??自分で思い出すの……七歳の記憶は意外と鮮明に思い出せたんだし、できるかも。小学校4年生、あの頃はどこに住んでいたかな。
お父さんが、警視庁勤務だったころだから、都心部からはなれていないはず。
車で通うとして、一時間くらいの距離だろうか。
頭の中で、警視庁のある千代田区を中心にした地図を思い描いていく。
「都心部から一時間くらいの距離に住んでいたとおもう、学校には歩いて十分の戸建てに住んでいたような……」
「おお、いい調子じゃないかい。そのまま、続けてごらん?」
「海はないけど、大きな川が通っていたよ。そういえば、再生水を利用したミニ水族館があった気がする」
水族館とはいっても、専門の施設ではなく上流水再生センターの中にある小さなやつで川の魚しかいなかったけど。
大きな4つの水槽に、川の流域ごとに分けられた魚を見るのは楽しかった。
これは平日に休みが取れた父と一緒に行ったのだが、また行きたいとおもったくらいには楽しかった。
「他には?学校のことはどうなん……友達とかは……」
「う、まってまだ思い出せない」
「住んでいた場所や、水族館があったことは思い出せたのに、人間関係だけ記憶があいまいなのって、もしかしていなかったのかも?」
埜蘇に友達いなかったのかもみたいなことを言われて、反論する気になった。
腹立つ、埜蘇ってば、埜蘇ってば。
「いや、耶蘇おぼろげだけど、髪の長い女の子と話している記憶はある。だから友達はいたはず」
「それは……まさか空想の友達ってやつなのでは?これはぼっち決定か」
埜蘇がサンドイッチをパクつきながら、肩をすくめるという妙に器用な真似をしくさったので、ヤツの頭を軽くひっぱたく。
「うるさい、埜蘇!りまちゃんは、ちゃんと実在している人間だ。私たちは、理解しあっていた友達だからな」
「あ」
「え」
「おお」
なんだか三人三様で溜息ともつかない、妙な声を発していた。
「伊緒、名前を思い出したのかい?りまちゃん、ね」
「普通の女の子の名前っぽい」
おばあちゃんの問いには、イエスと答え埜蘇には腹に一発くれてやった。
私の友達が、普通の女の子の名前でおかしいのか、埜蘇。
食べたばかりの胃には応えたろう。ふふっとおもったのに本人はケロッとしているのが、腹が立つ。頑丈に育っちゃって嬉しいんだか、笑いたいのか複雑。
「思い出してきた?とにかく名前は、りまちゃん。教室では隣の席で、確か父親は派遣の会社を経営していたはず、母親は元モデルという知名度を活かしてファッションブランドを立ち上げ、成功した実業家夫婦。ただ結果忙しすぎて、りまちゃんとの親子としての交流はほとんどなかったはず。これは時々本人に愚痴られたんで確か」
おお、徐々に思い出してきた。りまちゃんの顔が浮かんでくる。
元モデルの母親似の小顔で手足が長いという将来はやっぱり……という期待値しかない美少女だったような……。
長めの髪は高い位置で一つにまとめた、ポニテ。
身につける物は、両親が買ってきたというハイブランドで。
家は裕福だが、両親は常に家に不在だったので、家族同士の交流もなく同じ建物にいるだけ、という関係だとも。
「母親の手料理って、どんなのかしらね」
家庭科の授業中、家の食事を各自で書いて提出するという課題が出たことがある。先生としては、母親あるいは父親の作る料理を想定していたことだろう。
りまちゃんは溜息をつきながら家政婦さんの作った料理を、素材と作り方を丁寧に書き添えた文章で課題を完成させていた。
「先生が、どんな顔してこれを読むのか楽しみだわ」
と、少し意地の悪い笑顔を見せていた。
「東堂さんは、美人だけど冷たそう。真家さんは、なんだか変」
クラスメイトはもちろんだが、先生さえもが名前呼びではなく名字で呼ぶ。
それが、東堂りま。そして変な子と呼ばれるマイペース人間の私、真家伊緒。
まあ、空気なんか読む気はなかった私は、常にマイペース。
東堂りまの場合は、できすぎるクール系で顔もスタイルもよいのに家もお金持ち。
これだけ条件がまとまれば、それはもうという感じでクラスの女子全員から嫌われていたね。先生も腫れ物に触るようだったし。
私の場合も似ているけど、どっちかというと単なる放置だったからまだよかったか。りまちゃんの場合は、時々嫌がらせされていたんだよ。
まあ、その嫌がらせがきっかけとなって、仲良くなれたんだけどね。
懐かしい、あれ、でもなんだか嫌なことまで思い出してきた。
秋の課外授業を計画していた。10月の初めだったよね。先生は、二人ないしは三人で組むようにとのこと。それってつまり、ぼっち行動はダメ。
わかる、確かに小学校4年生の子供が単独行動は、危険すぎると判断するのは教師として正しい。仲のよい者同士で、組むのは効率がよいのも最もである。
けれどそれは、クラスの女子全員から、いじめられてはいないが、ハブられている私にとってはハードルが高すぎた。
「ねえ、組まない?」
って声をかけてくれたのが、りまちゃんだ。まあ、それ以前から挨拶はするし(他の子には無視された)、忘れた教科書を見せ合ったりしていた。
二人だけだったけど、成績上位な二人だったので、準備はスムーズにいった。
テストとは違うが、評価をつけられるので、皆が割と真面目に取り組んでいた。
行く先は各グループで申請し、通れば一日かけて調べてレポートを書く。
同じ場所を選ばないことを推奨されており、先を争うように行先を申請された。神社仏閣や博物館といった場所が、レポートの書きやすさから人気だった。
私は以前父と一緒に行った上流水再生センターを思い出して、りまちゃんに提案してみると賛成された。
「確か、駅前のターミナルから直行のバスが出ているよ。見学もできるし、レポートも書きやすいとおもう、どう?」
「いいとおもう、書きやすいのは大事だし」
安堵したことに、私とりまちゃん以外は、誰も上流水再生センターを希望した生徒はいなかったので、無事に申請は通った。
「じゃあ、また明日」
「うん、楽しみだね」
なんてことを言って、その日は別れたはず。
課外授業ではあるけど、朝は普通に学校に来て出席をとらないといけない。
なので、普通に学校に行って教室で待っていたが、いつまでたってもこなかったんだ。そして突如鳴り響くサイレン。
いつもは静かな街中が、赤色灯とサイレンで騒然となった記憶はある。
「そうだった。結局課外授業は中止になったんだよね。あの時は、お母さんとおばあちゃんが、迎えにきてくれたんだっけ……」
「思い出したんだね……学校から緊急の呼び出しがあって、そりゃもう驚いたね。伊都も来れてよかったよ」
夜間と昼間の人口がかなり違ういわゆる都心部で働く人のベッドタウンという位置づけの地域都市。自然が豊かで閑静な住宅街から歩いて十分のところにある小学校にもそのサイレンの音は響いた。
住宅街と学校の真ん中あたりにあるコンビニで、強盗事件があったのだ。
強盗が気づかぬ内に、あっさりと緊急用ボタンを押した店員はマジ勇者。
しかしそこで、問題が発生。警察に囲まれた強盗は、店内にいた小学生女児を人質にして車で逃走。
お察しだとは思うが、小学生女児はもちろん、りまちゃんである。
「山の方へ逃げたんでしょ」
「ああ、パトカーが何台も追いかけていったんだが……車を乗り捨てて最後は徒歩で逃げたらしい」
「その事件のパトカー、ひょっとしたら俺は遠くからみたかも?スズキさんとキャンプしていたら、凄い数の捜査員がやってきてさ、ずっと探してたよ」
「スズキさんとキャンプ?」
「山の中での訓練中だった時かい?スズキがついていたなら問題なかっただろうが、大変だな。警察も」
「うん、俺たちは、キャンプ場から離れたところにいたから。キャンプ場にいた子供連れが確認されて大変そうだったよ」
「人質にされた子供を探していたんだろう。つまり、東堂りまを。でも見つからなかった、山の奥に、異世界とつながる場所があったのさ、犯人は偶然入り込んでしまった。人質をつれて。で、そこで伊緒がやらかしたのさ」
「え?私が、何を?」
「事件の発覚後に、学校は即座に休校を決定して、生徒全員を保護者付きで帰宅させた。伊緒も、私や伊都と一緒に帰ったんだがね。おまえは疲れたからって部屋で一人で寝ていた、と私と伊都もおもっていたんだが」
「あれ?」
おばあちゃんは、ここで私の頭をがっしとばかりにつかむ。
「おまえは、一人になったとたんに、犯人と東堂りまを探して例のアレをやらかしていたんだよっ」
ここで、腹立ちが頂点に達したらしい。おばあちゃんのゲンコツが頭頂部に容赦なく落ちる。ええっ、そこまではまだ思い出せていないんだけど。
「あっちの世界に行った犯人と友達を追いかけていったんだよ。気づいた私とスズキがいなかったら、おまえは暴走して、力尽きてしまっていただろう。それか強い相手に討伐、いや殺害……うーん、と怪我させられていたかもしれないんだよ」
「今、討伐って」
「言葉変えてたけど、物騒だな。あと伊緒は魔獣かなんかなの?でも精神だけなんだろ、暴走ってどんな」
「感のいいヤツは見えたかもしれないが、ほとんどの人は得体の知れない何か、だと思っただろうよ。悪霊かもと考えた人もいるだろう。だから、なんとか押さえ込んでこっちに連れ戻すことができた時は、もうほっとしたよ。で、その後おまえが再び暴走しないように、能力と記憶を封印したんだ。ついでにあの場所ごと塞いだよ」
「……おばあちゃん、助けてくれてありがとう、でも、りまちゃんはどうしたの?」
「犯人はあっちの世界の地元住民に、取り押さえられていた。私とスズキは精神だけで暴走するおまえを押さえ込むので手一杯だったよ。で、東堂りまは……私の知り合いが保護している……はず」
「なに?その、……はずって。すごく気になるんだけど、それにええっと今から六年前のことになるんだよね。結局りまちゃんは、どうなったの」
「伊緒、あの時できるかぎりの対応はしたさ。あと東堂りまは、あっちの世界に適応できているはず」
「おばあちゃん、はずって、そればっかりじゃない。私あっちの世界に行きたい。でもってりまちゃんを探す」
「言うと思ったよ、まあ予想通りだけど。少し待っておくれ、東堂りまは無事だよ。ただ、本人もあっちの世界になじんであっちの世界に残ることを希望している」
「えっ、おばあちゃんは、りまちゃんと話をしたの?それに私は記憶を封印されていたけど、おばあちゃんは事件のことを確りと覚えていて、りまちゃんの名字まで知っていたのに、私自身に思い出させようとしたのは、どうして?」
聞きたいこと、知りたいことを一気にまくしたてたけど。
おばあちゃんは、想定内だったようだ。だって焦っていない。
「教えてよ!知りたい」




