おばあちゃんの説教
おばあちゃんちの茶の間で、おばあちゃんと埜蘇を待ちながら色々と思い出していた。初めて行った映画館、初めての映画。
一緒に行った埜蘇は可愛かったし、怜叔父さんは、子供の面倒見もよいイクメンだった。仕事の時のスーツ姿も格好良かったけど、私は綿シャツとジーンズの怜叔父さんのほうがいいなと思っていた。
だって、ポップコーンの油で汚れた手で触っても怒られなかったし。
「きゃあ、フライドポテトつまんだ指はきれいにしてっ」
「待てっ、走るな」
と、いった子供が大勢いる場所で当然のようにおこるあらゆる困った事に対応しやすいしね。あれは、多分私が小学校に入学した年の五月の連休中だった気がする。私が七歳、埜蘇が六歳。
初めて見た映画は、オズの魔法使いというミュージカル映画。
怜叔父さんが生まれるずうっと前にアメリカで製作されたっていってた。
その時は、リバイタル上映とのこと。
内容は主人公が竜巻に巻き込まれ、魔女や魔法使いがいる国に飛ばされる話。
ドロシーは、無事に元の家に戻れめでたしめでたしで、子供心に安堵したのを覚えている。
「何か、考え事?」
ハッと気づいた時には、卓袱台にコーヒー入りのマグカップが置かれ、対面には埜蘇が、残った座布団にもおばあちゃんが座っていた。
「えっ?あれ、気づかなかった。びっくりー」
できるだけ軽い口調で言って見るも、心臓が激しく波打っているのは、おばあちゃんにバレバレだったようだ。足音も気配もなかった。二人は忍者か?
「そんなに構えることはないよ。今おまえがすべきことをしてもらうだけだしね?」
ああ、おばあちゃんの声に出さない圧に負けそう。
「もちろん、おばあちゃん」
「さて、サンドイッチを持ってきてくれたって?埜蘇はともかく私はまだ食べていなかったからありがたくいただくことにしようね。伊緒、私に卵のをとっておくれ」
埜蘇はマグカップの他にもサンドイッチ用の皿を用意してくれていたので、バスケットから取り出しそっと各自のに置いていった。
おばあちゃんのには、卵のを多めにしチキンとハムを一個ずつ私のには卵・ハム・チキンを二個ずつで、残りはバスケットごと埜蘇のほうへと押し出す。
残りのほうが、出した分よりも多くはあるが埜蘇の胃袋ならば軽くさばけるはずである。
埜蘇は格好つけて、何でもない風をしているが口の端がわずかに緩んでいるのを確認した。
どうやらおばあちゃんも同じく見ていたらしく、軽く微笑んでいる。
これはいい傾向な気がする。私、賢いことしたかも?
「さて、食べながらでも話くらいはできるね、伊緒?まずは、昨夜のことから話してもらおうかね」
一瞬だけ、我、賢者なりっーて心の中だけでガッツポーズをしたけど、あっさりと方向転換させられた。これは全く、油断すべきではないわーさすが、おばあちゃん。あらゆる荒事と難事を経験してきた猛者だ。
「あ、昨夜はその委員会と、原西ハーレム軍団からの両方から解放された打ち上げというか、今まで溜まっていたストレス発散というか、その……」
「例の夜遊びかい?浮遊霊みたいに、フラフラとさまよって漂いまくったのかい」
「あ、はい。その通りであります。そして市の真ん中あたりまでいってしまいました。でもって、立派な門構えの建物があったので、入ってしまったのです」
あくまでも立派な門構えの建物に惹かれたという体を装ったらなんとか誤魔化せるのでは、この時私は愚かしくも甘い考えを持っていた。
「立派な建物……赤松の屋敷かい。伊緒、個人の住宅には近づくんじゃないとあれほど注意していたろう。おばあちゃんとの約束を破ったのかい」
「い、いえ、あれは確かに個人の住宅だけれど、初見だと資料館とか博物館にしか見えないよ。昨夜のはノーカウントでお願いします」
「確かに赤松家の屋敷は、個人の住宅には見えないな。特に初見ではムリだと思うけど。それはともかく、伊緒さっきから話し方おかしい」
以外にも食欲の鬼である埜蘇が擁護してくれた。……あれ、埜蘇って赤松家を知っている?
「埜蘇、赤松家に行ったことあるの?」
「伊緒、話がそれていくのは、気に食わん。今はそれよりも、おまえの昨夜の行動だ。結局赤松家と真家の家を浮遊しただけなのかい」
なんだか、おばあちゃんと埜蘇が目配せしあった気がするけど、今そこをつっつくのはやめておく。
だって、おばあちゃんの怒りモードが上昇しそうだから。
「は、昨夜は赤松家に確かにいきました。そして赤松志麻様になんだか、“呪い”をしかけている人いるよ」
おばあちゃんの怒りの矛先変えちゃう作戦1、“呪い”とか赤松家というワードに引っかかる気がするんだ。そして同時に私が気にかかっていた“黒いモヤ”あれは誰かが仕掛けた“呪い”だ多分。
「“呪い”……かい。伊緒、もっと詳しく話しておくれ。具体的にどういうふうに呪われているんだい。抽象的じゃなくて、具体的にわかりやすく説明しなさい」
「部屋の中で、苦しそうな志麻様がいてさ……近寄ってみたら、周りに黒いモヤッとしたのが、漂っていてね。でもギリギリで止められていたんだけど。あれって護符の効果だと思うけど、それが弱まっている気がしたんだ」
「護符の効力が……そうかい、それはまずいね」
おばあちゃんが苦い薬でも飲んだような顔で、黙り込んでしまった。
考えることに没頭した時の、おばあちゃんの癖。表情さえも動きがなくなり、言葉も発しなくなる。これはおばあちゃんが、本当に集中している証。
「埜蘇、おばあちゃんって、赤松家と関わりある感じなの?」
できるだけおばあちゃんが集中できるように、声を潜めて聞いてみる。
「知っているよ、だってここ赤松市は、おばあちゃんの生まれ故郷だし。それに護符の作り手も知っているはず、まあ、俺も知っている気がするけどね」
なんだか、さらっとしれっと、私が知らなかった事実を埜蘇に披露されたが。
これが、一緒に暮らしている孫と、近くにいるけど別に生活拠点を持っている孫の違い?
「いや、単に俺が知る機会に恵まれたというか、おばあちゃんは隠す気があまりないし」
「何を言っているんだい、身内以外にはちゃんと隠すことは隠しているよ。伊緒には話す機会がなかっただけさ。ちょうどいいんで今から二人には話しておこうと思う」
お、という感じで埜蘇がバスケットにつっこんでいた手を膝におく。私はサンドイッチを食べ終えていたので、コーヒーを飲もうとしていたが、これもやめて居住まいをただす。
おばあちゃんは、特になにも言っていないが、ちゃんとしなきゃみたいな空気感がね。
「まずは、私が赤松市で生まれ育ったのは知っているね?祖父母の代からここに住みはじめたのさ」
「おばあちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんね。その前は、どこにいたの?」
「どこにいたか、ね、まあ、今風に言うと異世界といったところかね」
「外国から移住してきたってことか?ばあちゃん」
「おばあちゃんの祖父母ってことは、明治の頃?ああ、明治時代は欧米の進んだ技術を導入したい政府が外国人を多数招致していたんだっけ。歴史の授業で習ったよ」
明治政府は日本に技術と教育を取り入れるために、各国から技術者や学者を多数招致した。いわゆるお雇い外国人といわれた専門家たちだ。
私の頭に今浮かぶのは、北海道大学の前身札幌農学校に赴任したクラーク博士の胸像。立派な髭のおじさまだったな。あれ、じゃあ、私の先祖は外国人?
学者か建築系それとも考古学か。わくわくしてきた。
「伊緒、期待しているところ悪いが、少し違う。招致された外国人ではなく、移住を余儀なくされた異世界人」
異世界?異世界人?
私と埜蘇は、間が抜けた顔をさらしていたとおもう。しびれを切らしたおばあちゃんの鋭い声で現実に戻されたけど。
「いい加減で、現実と向き合っておくれ二人とも。特に埜蘇、おまえは私とスズキと一緒に、仕事を積み重ねてきているのだからそんなにも、ショックを受けなくてもよかろう?」
「ええっ仕事は手伝っているけども、異世界とかは関係なくないか?スズキさんと一緒に赤松家や他の家に潜入したりはしたけど……」
「なーにを言っているんだい、スズキも異世界の血をひく仲間じゃぞ」
「え、スズキさんが……」
「スズキさんが?……」
スズキさんは、昔からおばあちゃんと一緒に仕事をしているけど、どこからどうみても普通のおじさんである。
そういえば、初めて会った時から顔や体型に変化がないかも?
「埜蘇、私たち異世界人の血が……あ、だから能力が使えたりするの?おばあちゃんは、異世界のこと知っているの?行ったことはある?」
「うん、伊緒。順を追って話させておくれ。異世界は、私の祖父母のいた世界は国によって差があるが、武術と魔術と呼ばれるものがあるよ。武術は、武器を使ったものから、体術みたいなものまで多種多様だよ。さて魔術のほうは……」
ここで喉が渇いたらしいおばあちゃんが徐にコーヒーを口にする。魔術とはについて前のめりになっていた私と埜蘇は、張り詰めた糸が切れるように肩を落としてしまった。
だって、異世界ときたら魔法使いや魔術師、そして武闘派ならば剣を使う騎士や冒険者もありかと期待が高まっていたのだ。
私と同じく肩を落としているので、埜蘇も同じ気持ちだとおもう。
「おばあちゃん魔術の説明は?」
「魔術と呼ばれているのは、埜蘇・伊緒おまえらも使っている能力のことだよ。おめでとう、りっぱな魔法使いあるいは魔術師だ」
「あのーおばあちゃん魔法使いと魔術師の違いはなに?」
「ああ、それは呼び方の違いみたいなもんだね。在野で独学にて使えるようになるのが魔法使いで、学院や師匠について座学こみで覚えるのが魔術師だね。魔術師の場合は、大抵国の仕事に就くし、在野にいる魔法使いは、自由にやっているね」
「わかりやすいけど、アバウトだね。で、私と埜蘇はおばあちゃんという師匠に学んだから魔術師ってことになるの。国に仕える気とかは、ないけど」
「ああ、それとおまえ達の名前だが、埜蘇は八十。伊緒は五百という数字からつけたんだよ。多分私だけが持っている能力だと思うが、生まれたての赤子に数字が浮かんでみえるんだ。すぐ消えるけど、くっきりと見えるんで、それを名前にしているんだよ。だから伊都は五十、怜はゼロという意味で零と名付けたんだ。今のところ身内以外では見えたことはないがね」
ここで唐突におばあちゃんが、白い紙を取り出してきた。
わかりやすいように、名前と数字が書かれている。
「埜蘇は八十の能力値、伊緒が五百というわけだ。それと私が異世界に行ったことがあるかと行ったことがあるかと聞いていたね。結論から言えばあるよ。何度も、それに伊緒と埜蘇もあるんだが」
「えっ……」
「……」
埜蘇のほうを見ると、考え込んでいる?
「もしかして、ものすごい山奥に連れていかれて特訓させられていたあそこって……」
「そのとおり、あたりじゃ。こちら側と植生及び動物に差がなく、人がいない広い場所を選ぶのは苦労した。おかげでたっぷりと訓練できたろう?」
「うーん、まあね。おかげで体がでかくなったし、強くもなれたよ、うん、感謝しかないよ、ばあちゃん」
「えーなんかいーなー私も行きたかったよ、おばあちゃん。今度連れて行ってよー、長い休みでないとダメ?」
「世界を違えるのだぞ?異世界に行くのをちょっと難しいアウトドアくらいに考えていないかい?二人ともメンタルが強すぎる。それと伊緒は、実体では行ってないが、精神だけなら行ったことはある。ほら例の幽体離脱でさ」
私と埜蘇は互いの顔を見合って、うなずいた。
「やだなあ、おばあちゃんの孫なんだからメンタル強めなのは、あたりまえーえっ?精神だけ異世界行ったってなに?いつ?」
「幼稚園時代に一度封印したが、さらに小学校の頃、伊緒の能力を再封印したんだが、その時のことは覚えているかい?」
「うん、小学校4年生頃?能力を扱いきれなくて暴走する可能性があるからって、そのあとで引っ越しをしたのは覚えているよ」
「その時、記憶の一部も封印したのだが、どうだね」
「ん?記憶も封印したの……それは、なぜなのかな?おばあちゃん」
「それは、暴走を防ぐためだよ。もちろん。伊緒の両親にも頼まれたし、私自身もこのままにしては危ういとおもったよ。いやホントにあの時は……」




