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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人
灰色の美学

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紅い断罪と最後の一手

 船体はさらに傾き、浸水が始まった船底からは、氷のように冷たい海水が足元を洗うように流れ込んできた。


 「ベル、浸水速度を計算しろ! アッシュキャリアーの格納庫まで持つか!?」


 「計算終了。猶予時間はあと八分。ですが、最短ルートはすでに崩落により封鎖されています。唯一の道は、中央煙突のメンテナンス・トンネルを逆走し、特別車両格納庫へ飛び込むルートのみ。成功率は、三十パーセントを切ります」


 ベルの無機質な声が、絶望的な現実を突きつける。背後からは、なおも増援の掃除屋たちが、死を恐れぬ機械的な足音を響かせて追いすがってくる。前方には炎と浸水。


 「三十パーセントもあれば十分よ! 私は探偵、無理解や不可能を解体して真実を掴むのが仕事なんだから!」


 ロイスは、ヴィクトルの血が乾き始めたレンズの破片を、ドレスの隠しポケットに深く仕舞い込んだ。彼女たちが向かうのは、激しく黒煙を噴き上げる巨大な煙突の基部。そこは、この船で最も熱く、最も危険な真鍮の心臓部を通り、アッシュウォーカー専用蒸気自動車アッシュキャリアーが眠る特別格納庫に直結していた。


 メンテナンス通路に飛び込むと、そこは地獄のような熱気が渦巻いていた。配管は至る所で破裂し、そこら中から高圧の蒸気が、皮膚を瞬時に焼かんばかりの勢いで噴出している。


 「ナァ!ナァ! (おいおい、ここはさすがに俺の自慢の毛並みが焦げちまうぜ。ジェミニ、なんとかしろ!)」


 「分かっている、スス! ベル、私の予備冷却タンクを強制パージしろ。ロイス、私の背後にいろ! この蒸気の幕を、私が凍らせて道を作る!」


 ジェミニは自身の装具の安全装置を完全に引きちぎり、内部に封入されていた緊急用の極低温冷却ガスを一気に噴射した。瞬間、周囲の熱い蒸気が一瞬で白銀の霧へと変わり、数秒間だけ氷の道が形成される。その間を、三人と一匹は死に物狂いで駆け抜けた。


 辿り着いた特別格納庫。そこには、真鍮のボディを鈍く光らせる、アッシュウォーカー家の移動拠点アッシュキャリアーが鎮座していた。しかし、その前には、これまで戦ってきた掃除屋たちとは明らかに格の違う、一人の男が静かに立っていた。


 全身を、光さえ吸い込むような純黒の真鍮装甲で包み、ヴィクトルが持っていたものと同じ、いや、より巨大で精密な葬送用カメラを肩に担いだ、旧体制の処刑執行人。男が担ぐ巨大なカメラのレンズの奥からは、不吉な紅い光が漏れ出していた。それは単なる光ではない。真鍮の断罪の予兆であった。


 「ここまでだ、アッシュウォーカー。君たちの無意味な冒険は、この一巻のフィルムで幕を閉じる。ヴィクトルの回収できなかった没の続きを、私がこの紅い光で完成させてやろう。君たちの命が灰になる瞬間は、さぞ美しい記録になるはずだ」


 男がカメラのサイドレバーを引くと、レンズの奥で凄まじい放電現象が起き、周囲の空間が歪み始めた。


 「ベル、ジェミニ、スス! キャリアーに飛び乗って! 私があのレンズを叩き割る!」


 ロイスは、自身の左腕を覆う装具の最終リミッターを外した。彼女の装具には、父から譲り受けた最後の切り札、三段式蒸気噴射加速機構が備わっている。一撃目の圧力で装甲を砕き、二撃目の熱気で内部を焼き切り、三撃目の衝撃波で対象を完全に分解する。それは、使用者の腕の骨さえも無事では済まない諸刃の剣であったが、ロイスの瞳に迷いはなかった。


 「ベル、ジェミニ。これが最後よ。私たちの旅の真実、あんな血生臭いレンズに没にさせたりしない!」


 ロイスは装具を構え、全身の筋肉を真鍮の歯車と同調させる。最後の一滴まで蒸気を絞り出すべく、手動クランクを力強く、折れんばかりの勢いで回した。


 「シャァァア! (来いよ、死神! アッシュキャリアーの馬力を見せてやるぜ!)」


 ススが助手席に飛び込み、ベルが運転席からキャリアーのシステムとリンクする。ジェミニがアッシュキャリアーの取り外し可能な外部装甲を両手に持ち、ロイスを熱線から守る盾となる。


 沈みゆくクイーン・エリザベス・スチーム号の断末魔。燃え盛る夜明けの海を背景に。アッシュキャリアーのホバークラフト形態への変形プロセスが、重厚な真鍮の駆動音と共に開始された。三人と一匹の探偵と、旧体制の死神による、最終決戦の火蓋が今、切って落とされた。


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