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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人
灰色の美学

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偽りの歴史と真鍮の咆哮

 視界を埋め尽くすのは、爆発の衝撃で舞い上がった真鍮の粉塵と、剥き出しになった蒸気パイプから断続的に噴き出す白濁とした熱気だった。ヴィクトルの亡骸を抱きかかえていたロイスの手のひらには、彼から託された砕けたレンズの破片が、冷たく、重く残っている。


 船体は、悲鳴のような金属音を立てながら右舷へと大きく傾斜し続けていた。もはやこの客船は、海上の宮殿ではなく、偽りの歴史と死の匂いを湛えた鉄の棺桶へと変貌しつつある。


 「ロイス、立つんだ! 立ち止まれば、私たちもこの嘘だらけの歴史と一緒に海へ沈むことになるぞ! 過去を解体し、未来を繋ぐのが君の美学ではなかったのか!」


 ジェミニが瓦礫を跳ね除け、ロイスの肩を掴んで力強く引き起こした。彼の愛用していた騎士団時代の補助装具は、度重なる過負荷によってあちこちが歪み、真鍮の継ぎ目からは、まるで断末魔のような不吉な火花が散っている。しかし、その瞳には依然として、何があっても妹を守り抜くという不屈の意志が燃え盛っていた。


 「分かっているわ、ジェミニ。でも、あいつの言ったことが本当なら、この船に乗っている善良な人々の正体は、誰も救われない地獄の連鎖そのものじゃない」


 「ナァォ!ナァォォ!(今は考えるな、ロイス。善人だろうが悪人だろうが、命の重さに変わりはねえ。だが、あそこにいる連中は別だ。ほら急げ!掃除屋の本隊が来やがった!)」


 ススが通路の奥、霧と煙の向こう側を睨みつけて低く唸った。そこには、灰色のタクティカル・コートに身を包み、蒸気式の連射銃を構えた集団が、統制の取れた動きで迫っていた。彼らはヴィクトルを仕留めただけでは満足せず、この船に流れるすべての真実を、生存者ごと海に沈めるために送り込まれた旧体制の処刑部隊であった。


 「接近する熱源、合計十二。すべて高度な戦闘訓練を受けた個体と推測されます。ロイス様、お下がりください。これより、排除プロトコルを最大出力で実行いたします」


 ベルが三人の前に立ち、その白銀の指先を扇状に広げた。彼女の機体内部で、演算歯車が限界を超えた速度で回転し、キィィィンという高周波の駆動音が通路に響き渡る。次の瞬間、通路を埋め尽くすほどの閃光が弾けた。ベルが指先から放った高出力の電磁障壁が、迫りくる掃除屋たちの放った鉛の弾丸をすべて空中で叩き落とし、さらにその衝撃波が前方数メートルの壁を粉砕した。


 「突破するわ! 道を空けなさい、偽りの死神ども!」


 ベルが作った一瞬の隙を突き、ロイスが装具を唸らせて前方へと躍り出た。彼女が右腕に備えた真鍮の装具は、今や通常の稼働状態を超えていた。ロイスは装具の側面にある禁忌の圧力バイパスを強引に開放し、背負った小型ボイラーから供給される全エネルギーを左拳に集中させていた。


 それは、装具そのものが自壊しかねない危険な出力。しかし、ロイスは、ヴィクトルが語った音楽家や老騎士たちの凄惨な過去への困惑と、彼らを守ろうとした自分自身の青さを、すべてこの一撃に込めた。装具の排気弁から過熱した蒸気の突風が周囲の空気を歪めるほどに吹き荒れ、ロイスの拳は先頭にいた掃除屋の胸部装甲を、その裏側の悪意ごと解体した。


 通路は戦場と化した。右からはジェミニが多機能連結工具を長大な槍のように組み換え、元筆頭近衛騎士らしい洗練された動きで敵の関節を破壊していく。左からはススが影のように床を走り、敵の視界を奪い、喉元を鋭い爪で切り裂く。三人と一匹。その連携は、単なる戦闘技術を超えた、互いへの絶対的な信頼によって結ばれていた。


 「ジェミニ、上よ! 甲板から熱線砲が!」


 ロイスの叫びと同時に、天井が熱線によって音もなく溶け落ちた。上層の甲板を占拠した掃除屋たちが、客船の構造材を焼き切り、ロイスたちを物理的に分断しようとしていたのだ。


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