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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人
灰色の美学

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託された意志

 ロイスは装具の蒸気圧を臨界点まで引き上げ、爆発的な勢いで床を蹴った。暗殺者が振り下ろした回転鋸の、鋼をも容易に断つ刃を、真鍮の拳で真っ向から受け止める。金属と金属が激突し、凄まじい火花が吹雪のように舞い散る。ロイスの装具の隙間からは、限界を超えた過熱蒸気が白い牙のように噴き出した。


 ジェミニもまた、懐から取り出した戦闘用の多機能連結工具を瞬時に組み換え、かつて騎士団で磨き上げた鋭い一撃を繰り出す。彼は暗殺者の重厚な装甲の間隙を縫い、動力パイプを的確に叩き切った。


 「ベル、ロイスの死角をカバーしろ! スス、隙を見てヴィクトルを連れ出し、安全な区画へ避難させるんだ!」


 「了解いたしました。全方位防御円陣を展開。ロイス様のドレスに煤一つ付けさせません!」


 ベルが高速回転する白銀のシールドを複数生成し、暗殺者たちが放つ鉛の弾丸を次々と弾き飛ばす。だが、敵の数は想像を絶していた。通路の両端、さらには空調の通気口からも、旧体制の掃除屋たちが黒い影となって際限なく溢れ出してくる。


 「ナァァァァァン! (多すぎるぞ! こいつら、ヴィクトル一人のために船ごと証拠隠滅するつもりだ。なりふり構っちゃいねえぜ!)」


 ススがヴィクトルの服を鋭い爪で掴み、瓦礫の山から引きずり出そうとする。しかし、第三波の攻撃は、船の構造そのものを根底から破壊する熱線砲であった。ブリッジ方面から絶望的な悲鳴が響き渡る。船全体が大きく右舷へと傾き、隔離室の強固な真鍮壁が歪み、悲鳴のような金属音を上げた。


 「ヴィクトル、しっかり立って! 死にたくなければ、私たちの指示に従いなさい! あなたには、まだ語るべき真実が残っているはずよ!」


 ロイスが叫び、混乱の中でヴィクトルに右手を差し伸べた。だが、運命の歯車が噛み合う瞬間は、あまりに無情だった。乱戦の轟音と蒸気の咆哮を切り裂くように、一筋の鋭い青白い放電が走った。通路の暗がりに潜んでいた狙撃手が放った、超高圧の真鍮製ニードル弾であった。


 「ガハッ……ッ」


 鈍い、重い音が響き、ヴィクトルの胸の真ん中を、冷たい銀色の針が深く貫いた。糸が切れた人形のように崩れ落ちるヴィクトル。ロイスは激情のままに装具を叩きつけ、狙撃手が潜んでいた壁ごと暗殺者を粉砕したが、ヴィクトルの命の灯火は、すでに消えゆく寸前であった。


 「ヴィクトル! 目を開けて、しっかりして、ヴィクトル!」


 ロイスが膝をつき、血に染まる彼を抱きかかえる。ヴィクトルは口の端から鮮血を溢れさせながら、震える手で、砕けたレンズの鋭利な破片をロイスの手のひらに押し付けた。その瞳からは、これまで彼を突き動かしていた狂信的な熱は消え、ただ一人の最期の目撃者としての、静かで透明な光が宿っていた。


 「没じゃあない。この最期の景色は、君たちの現像の続きに書き加えてくれ。頼んだぞ、アッシュウォーカー……」


 ヴィクトルは自嘲気味な、しかしどこか晴れやかな笑みを口元に浮かべたまま、二度とその瞳を動かすことはなかった。その瞬間、船底からこれまでにない規模の凄まじい爆発音が響き渡り、足元が大きく跳ね上がった。


 「ロイス、脱出だ! 考えるのは後だ、この区画はあと数分で完全に水没する!」


 ジェミニがロイスの肩を強く掴み、彼女を力ずくで引き剥がす。ロイスはヴィクトルの亡骸に一瞬だけ目を伏せ、彼から託された破片を強く握りしめた。


 「シャァァアー! (ロイス、止まるな! 振り返るな! 生きてこの真実を、あの汚れた港まで届けるのが、俺たちの新しい、そして最大の依頼だ!)」


 ススの咆哮に導かれ、三人と一匹は、燃え盛る船内の迷宮を駆け抜けた。背後からは、なおも冷酷無慈悲に追い縋る掃除屋たちの足音と、巨船の断末魔が響き続けている。平和を装った航海は終焉を迎え、地獄のような撤退戦の幕が切って落とされた。


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