剥がされた仮面
六日目の朝は、不気味なほどに凪いだ海面上に、重苦しく湿った灰色の霧を伴って訪れた。かつて黄金色に輝いていた豪華客船の船体は、昨夜の激闘が残した深い傷跡を隠すように霧に包まれ、真鍮の細工や装飾もその輝きを失い、鈍い光を放つに留まっている。
ロイスは、一睡もできぬまま訪れた夜明けの冷気に身を震わせ、ジェミニ、ベル、そしてススと共に、船底深くにある隔離室へと向かっていた。厚い鋼鉄と真鍮で閉ざされた扉の前には、ただ不吉な静寂だけが横たわっている。
「開けて、ジェミニ。この男の口から、霧の向こう側に隠された真実を、力ずくで引きずり出さなきゃならないわ。私たちの美学が、このまま霧に巻かれて終わるなんて許されない」
ロイスの決然とした言葉に、ジェミニが静かに頷き、携帯用の溶接機を手に取った。昨日、自らの手で焼き固めたラッチを再び切り裂く作業が始まる。青白い火花が激しく散り、重厚な扉が軋んだ悲鳴を上げてゆっくりと開くと、そこには冷たい床に座り込み、唯一手元に残った、粉々に砕けたレンズの破片を愛おしそうに見つめるヴィクトルの姿があった。
「ようやく来たか、探偵諸君。私の記録に、君たちがどんな無様な注釈を付け加えるのか、ずっと楽しみに待っていたよ」
「ヴィクトル。あなたの狙った人々の背後関係を、乗船する際に提出した来歴素性確認書をベルに徹底的に洗わせてもらったわ。この船に素性の判らぬ者は誰一人乗せられない。それなのに、彼らには共通の欠落、公的な記録から消された空白の期間がある。あなたは、一体何を狩っていたの?」
ロイスの鋭い追及に、ヴィクトルは狂気を孕んだ薄笑いを深め、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、敗北者の惨めさはなく、むしろ世界の欺瞞を暴いた者特有の不遜な光が宿っている。
「クク、流石はアッシュウォーカーの血筋だ。だが、君たちの掲げる正義感は、あまりに純粋すぎて吐き気がする。私が狙った連中が、善良な市民だとでも思っていたのか? この船は、聖者のパレードではない。血塗られた過去を清算できずに逃げ出した、旧体制の掃除屋どもの葬送列なのだよ」
その告白が室内の空気を一瞬で凍りつかせた。ヴィクトルは、まるで楽しげに死のリストを読み上げる独裁者のように、自分が手にかけ、あるいは狙い定めた標的たちの名を一人ずつ羅列し始めた。
「一日目のあのピアノを弾いていた音楽家は、かつて旋律の裏に暗号を仕込み、大陸全土の蜂起を煽動して数千の家庭を崩壊させた冷酷な扇動家だ。二日目のあの老騎士? 笑わせるな。彼は王立暗殺部隊の教育係として、数百の孤児を感情のない殺人機械に変えた張本人だよ。三日目のあの初々しい新婚夫婦は、隣国の要人を祝杯の席で三十人以上も毒殺してきたプロの工作員コンビ。四日目のカジノで笑っていた連中は、旧体制の不正資金を洗浄し、数万の民を飢え死にさせた汚職幹部たちだ。そして、君たちが必死に守り抜いたあのハワード夫妻。彼らはかつて、私の故郷を地獄の火の海に変えた時計型共鳴爆弾を量産し、軍に売り払っていた死の商人、兵器開発者だよ」
「信じられない……。あんなに優しそうだった人たちが、そんな恐ろしい過去を背負っているなんて……」
ロイスは衝撃のあまり、よろめくように後退した。ジェミニもまた、拳を白くなるほど握り締め、苦渋に満ちた表情でヴィクトルを睨みつける。その背中は、信じていた機械の美しさを汚された怒りに震えていた。




