硝煙と誇り
船橋への通路で、ロイスは足を止めた。右腕の真鍮装具が、熱を吐き出している。
(ロイス、震えているのかい? 怖気づくには遅すぎる場所まで来ちまったぜ)
ススが鋭い爪を立てて囁く。ロイスは静かに首を振った。
「いいえ、スス。これは武者震いよ。あいつが船の脳髄を汚していると思うと、私の美学が怒りで弾けそうになるの」
ベルが白銀の手を添えてくれる。
「ロイス様、ご安心を。わたくしが、いかなる火花もロイス様のドレスに触れさせはいたしません」
ジェミニが工具鞄から触針を取り出し、精神を研ぎ澄ます。
「ロイス、ベル、スス。行くぞ。この船を、人々の誇りを、あの狂った記録者の手から奪還する」
扉の隙間からは、船の悲鳴のような高周波が漏れ出している。
「ジェミニ、解体ポイントは?」
「扉の右ヒンジ。そこがヴィクトルの結節点だ。ベル、衝撃相殺。ロイス、貫け!」
ジェミニが振動発生器を突き立てる。真鍮の板が発熱した刹那、ロイスはレバーを叩き込んだ。
「まかせなさい! 」
凄まじい衝撃と共に、数トンもある扉が内側へ吹き飛んだ。
船橋の天井からは、蔦のように無数のレンズが垂れ下がっていた。中央に座るヴィクトルは、ファインダーを覗き込んだまま熱情を込める。
「素晴らしい。扉が崩壊する際の火花の散り方。実に躍動感に満ちた、暴力的な美しさだ」
足元には、猿ぐつわを噛まされた船長とエレナが転がっている。
「ヴィクトル! 船長たちを解放しなさい! あなたの撮るべきものは、もう何もないわ!」
ヴィクトルはクランクを回しながら冷たく笑う。
「冗談はやめたまえ。三千人の乗客が自らの死を悟り、阿鼻叫喚の中で魂を震わせる。その決定的な瞬間こそが、私の生涯の傑作になるのだよ」
ジェミニが一歩前に出る。
「貴様、機械をそんな下劣な目的のために汚すとは。ヴィクトル、私は多くの命を背負って戦場に立った。機械は人を助け守るためにある。恐怖で縛った光景など、ただの死体写真に過ぎない!」
「能書きはいい、エンジニア。私の機材が、君たちの正義をどこまで現像できるか試させてもらおうか!」
ヴィクトルがシャッターを叩きつけると、音響衝撃波が乱射された。
「ベル!」
「承知いたしました! 衝撃波減衰フィールド、全周展開!」
ベルの関節から放たれた輝きがドーム状の防壁となる。




