鋼鉄の鼓動
蒸気と熱気が充満する排気ダクトを、私は駆け抜けていた。肺を焼くような空気が全身を襲うが、義眼が捉える赤熱したヴィクトルの影からは決して目を逸らさない。
(熱いなんてレベルじゃないな。ロイス、服が焦げる前に奴を捕まえな。俺の自慢の毛並みが、高級な焼き魚の匂いになっちまう前にね)
肩に乗るススが鋭い爪を食い込ませる。私は空中でワイヤーを射出し、機関部キャットウォークへと飛び降りた。そこは船の心臓部、巨大な真鍮のピストンが重厚な音を立てて鼓動している場所だ。
「逃げ足だけは一級品ね、ヴィクトル! でも、この船の構造を熟知しているのはあなただけじゃないわ。私の知覚は、この鋼の巨人がどうやって呼吸しているか、その指先一つで理解しているもの!」
蒸気の向こうから閃光が走った。頬を掠めた蒸気弾が背後のパイプを突き破り、高圧の白煙が噴き出す。ボイラーの陰から現れたヴィクトルは、三脚と化した奇妙なライフルを構え、陶酔したような笑みを浮かべていた。
「素晴らしい、ロイス・アッシュウォーカー。死の恐怖を前にしてもなお、その傲慢な美学を崩さないその顔。これこそ、私が求めていた絶命の美だ。このボイラーの圧力を限界まで高め、船ごと君を解体する。その瞬間、私は歴史に残る最高の一枚を手に入れることになるだろう」
彼が緊急バイパスレバーに手をかける。船の蒸気圧が臨界点を超えれば、この巨船は火の玉となって海へ消える。
「やらせるわけないでしょう! ジェミニ、今よ!」
合図と共に天井の制御パネルが火花を散らした。メンテナンス通路から現れたジェミニがシステムを強引に奪い、安全弁を一気に解放する。
「悪いな、眼鏡の記録者さん! この船のエンジンは、俺の大事なトモダチなんだ。お前みたいな掃除屋の道具にされるのは、俺の美学が許さないんだよ!」
機関室が轟音に包まれ、圧力が低下していく。舌打ちをしたヴィクトルはカメラを分解し、闇へ消えていった。




