処刑台の舞台
豪華客船クイーン・エリザベス・スチーム号は、夕刻の紅に染まる海面を滑るように進んでいた。第一の犠牲者となった若き音楽家の遺体は、総支配人エレナの厳しい判断によって、地下二階の巨大な保冷庫へと一時的に安置された。船内に流れる空気は、表向きは優雅なディナータイムの賑わいを保っていたが、その実、名誉市民ロイスが現場に介入したという事実は、鋭い棘のように乗客たちの心に刺さっていた。
ロイスは、四階の展望デッキの手すりに身を乗り出し、沈みゆく陽光が海に描く血のような光の道を見つめていた。彼女の右目の単眼は、夕闇の訪れと共に暗視モードへと自動的に切り替わり、微細な歯車の回転音を立てながら、デッキの影に潜む熱源を一つずつ選別していく。ロイスは夕風に髪を揺らしながら、無線を通じてパートナーへと言葉を投げかけた。
「……ジェミニ、さっきのドローンの映像、解析は終わった?」
通信の向こうで、ジェミニの声が幾分か張り詰めた調子で返ってくる。
「ああ。面白いことがわかったぞ、ロイス。四階デッキの隅、あの撮影技師ヴィクトルが陣取っている場所には、船のメイン蒸気パイプから直接エネルギーを引き出すための、非公式なバイパス・ソケットが埋め込まれている。あいつが三脚を立てているあの位置は、ただの展望スポットじゃない。この船という巨大な機械の、心臓に直結した『特等席』だ」
ジェミニは、手元の端末に表示された複雑な配管図を、指先で苛立たしげに弾いた。彼の美学において、機械を本来の用途以外に……それも、誰かを殺すためのエネルギー源として悪用することは、許しがたい冒涜だった。そんな天才技師の憤りを受け止めながら、ロイスは右目の焦点をさらに絞り込む。
(……ふん、道理で。あのヴィクトルという男、レンズを覗いているときだけ、自身の体温が二度ほど下がっていたのか。あれは興奮しているんじゃない、機械の一部に自身を同調させて、肉体の代謝を落としているんだ。爬虫類と同じさ、獲物を仕留めるその瞬間まで、石のように気配を殺す。すこしばかり俺の流儀に近いものがある)
ロイスの腕の中で、ススが冷ややかな思考を共有する。彼の琥珀色の瞳は、デッキの反対側で、重厚な勲章を胸に飾り、威厳に満ちた足取りで散歩を続ける老人、バルトロメウス卿を捉えていた。退役騎士バルトロメウス。彼はかつて、帝国の辺境守備隊を率いた英雄であり、その厳格さと高潔さで知られていた。だが、その背中には、彼自身も気づいていない死の印が、ヴィクトルのレンズによって刻まれていた。ロイスは扇子を静かに指先で叩き、新たな指示を出した。




