虚無への宣戦布告
航海はまだ、二日目の午前中を過ぎたばかり。時計回りに島を一周するこの旅路は、一歩ごとに逃げ場のない葬列へとその色彩を変えていく。ロイスは扇子を広げ、単眼の奥で青い火花を散らせながら、次のターゲットが誰になるのかを計算し始めた。
(いいわ、レンズの向こう側の狩人さん。どちらの解体術が上か、この大海原の上で白黒つけようじゃない。私の美学は、あなたのその冷たい硝子もろとも、粉々に粉砕してあげるわ)
船が大きな波を越え、大きく揺れる。その揺れさえも、次に起こる悲劇のメトロノームのように、規則正しく、そして残酷に時を刻んでいた。ロイスはすかさず次の命令を下す。
「ジェミニ、キャリアーから小型ドローンを出して。船の外壁を回って、四階デッキの撮影ポイントをすべてマッピングするわ。ベル、あなたは乗客たちの不安を煽るような噂を流して。犯人がしびれを切らして、次のシャッターチャンスを作りたくなるように仕向けてちょうだい」
ジェミニはニヤリと笑って応じた。
「了解だ。囮捜査ってわけか、お前らしいな」
通信の向こうでベルも静かに同意する。
「……承知いたしました。心理的負荷による、容疑者の行動誘発プログラムを実行します」
新生アッシュウォーカー探偵事務所は、豪華客船という檻の中で、静かに、しかし確実に牙を研ぎ始めた。ススは誰もいない談話室のソファの上で丸くなり、これから始まる血の記録の続きを、夢の中で予見するように瞳を閉じた。
(……さあ、見せてみろ。この真鍮の牢獄で、どちらが最後に笑うのかを。俺は、一番高い場所で、その結末を眺めさせてもらうがね)
外では、太陽が残酷なまでに輝き、海はどこまでも青く、すべてを隠し通そうとしていた。だが、ロイスの単眼が捉えた真実は、すでに水面下の深い闇を暴き始めていた。
死の第二楽章は、すでに予備動作を開始している。船内各所に設置されたスピーカーから、昼食を告げる優雅な鐘の音が鳴り響く。しかし、その音は、次に殺される者への葬送の鐘であることを、まだ誰も知らない。ロイスは一歩、犯人の潜む影へと踏み出した。
「……さあ、死の歯車を解体する、最高のショータイムよ!」
夕闇が迫る頃、船は最初の寄港ポイントである、かつての流刑島付近を通過する。そこは、電波が遮断され、外部との通信が一時的に断絶する空白の海域。犯人が狙う、第ニの惨劇にふさわしい舞台設定が、刻一刻と近づいていた。
(うん?空気が変わったな。潮の匂いが消え、鉄錆の臭いが強くなる。来るぞ、ロイス。次の獲物は、あそこの頑固そうな老人か、それとも……)
ススが薄目を開け、デッキを歩く退役騎士、バルトロメウス卿の背中を追った。老騎士の胸に輝く勲章が、沈みゆく陽光を受けて、最後の輝きを放っているように見えた。ロイスは、その光の揺らぎを見逃さなかった。
「……ベル、バルトロメウス卿の護衛に回って。ただし、悟られないようにね。あの老騎士の過去に、犯人の美学を刺激する何かがあるはずよ」
その言葉に、見えない守護者が答える。
「……承知いたしました、ロイス様。……影として、お守りいたします」
白銀の守護者が、人の目を欺く光学迷彩を微かに起動させながら、夜のデッキへと消えていく。豪華客船という舞台装置は、いまや完全に、宿命の解体屋たちのためにその歯車を回し始めた。




