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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人
灰色の美学

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70/110

白亜の要塞と不穏な影

 出航の日。

 中央港には、山のような威容を誇るクイーン・エリザベス・スチーム号が横付けされていた。


 全長三百二十メートル。

 水面からの高さは六十五メートルに及び、その姿は海に浮かぶ白亜の宮殿、あるいは巨大な真鍮の要塞そのものだった。


 船上四層には、貴族たちが集うダンスホールやカジノが備わり、船倉六層には、巨大な蒸気機関と、都市一つを賄えるほどの貯蔵庫が隠されている。

 四つの巨大な煙突からは、かつての煤煙とは違う、透き通った白い蒸気が誇らしげに空へとたなびいていた。


 ロイスの腕に抱かれた黒猫のススは、周囲を厳しい目で見つめていた。


 (ほう、これはまた、悪趣味なほどにデカい鉄の浮き袋だ。人間というのは、地面の上にいるだけでは飽き足らず、わざわざ揺れる箱の上で贅沢をしたがる。理解に苦しむね)


 (……だが、この潮風の匂いの裏側に、妙に焦げ付いた、火薬と硝石、さらに血の臭いが隠しきれずに混じっているのは、俺の気のせいか?)


 ススは、ロイスに抱かれながら、タラップを上がりつつ周囲の人間を観察していた。

 彼の鋭い感覚は、華やかな喧騒の中に隠された、氷のような不自然な静寂を敏感に嗅ぎ取っていた。


 乗船した一行をまず迎えたのは、総支配人のエレナ・フォードだった。

 三十八歳という若さでこの巨大な城を任された彼女は、徹底したプロ意識を感じさせる鋭い眼差しをロイスたちに向けた。


 「名誉市民の皆様、ようこそ。当船の秩序は、私が責任を持って維持いたします。どうぞ、羽を伸ばしてお寛ぎください。何か不手際があれば、直ちに私の耳へ」


 その丁寧な言葉とは裏腹に、彼女の視線は、ロイスの右目の機械式単眼や、ベルのあまりにも人間離れした完璧な所作に、隠しきれない警戒の色を滲ませていた。

 それを受け流しながら、ロイスたちは案内された四階の最上層に位置する、特等展望客室へと入った。


 部屋に入ると同時に、ベルは瞬時に室内のスキャンを開始した。

 衣服の乱れを直しながら、ベルは即座に報告を口にする。


 「ロイス様、室内に盗聴器および不審な魔力反応は検知されません。ですが、この船の構造はあまりにも複雑です。地下六階のバラスト室から、私の立ち入りが制限されている区画まで、計算上、百二十以上の隠し通路が存在する可能性があります。監視の目が届かない死角が多すぎます」


 ロイスは帽子を脱ぎ、ふかふかのソファに身を預けた。


 「いいわ、ベル。今はバカンスなんだから、あまり堅苦しいことは言いっこなしよ。せっかくの最高級のベッドが台無しだわ」


 ロイスはそう言いながらも、窓の外に広がる、どこまでも続く紺碧の海をじっと見つめていた。

 その瞳は、すでに不穏な空気の正体を探り始めていた。


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