饒舌なボイラー
「全く、ロイス。君の無駄話は、探偵事務所の蒸気圧計よりも予測不能だ。なぜそこで、あの記憶盗難の犯人像と、煤煙の芸術家の失踪事件を繋げようとする? 全くもってあり得ない飛躍だ」
ブリストル伯爵邸からの帰り道。漆黒の煤煙を切り裂いて進む蒸気自動車の車内で、運転席のジェミニは、こめかみを押さえながら妹を諫めた。
彼の前方の計器類は、外気の不純物濃度と蒸気圧を規則正しく刻んでいるが、隣に座る妹の思考回路だけは、どの計器にも収まりきらない。
助手席のロイスは、愛猫ススがいないのをいいことに、再び饒舌のブレーキを完全に外していた。ススが膝に乗っていない時の彼女は、過圧状態のボイラーそのものだった。
「あら、ジェミニ。私の推理は、最新型の帽子と同じで、誰かの頭に乗せてみないと価値がわからないものよ? それにね、あの伯爵の鼻の高さ、見た? まるで空中要塞から下界を見下ろす傲慢な上層階級そのものだったわ。美しい真鍮の義腕の裏側には、必ず錆びた本性が隠れているものなんだから!」
彼女は自分の機械式単眼の真鍮の縁を、得意げに指先でカチカチと叩いた。
「いい? ジェミニ。犯人の熱い指先は、ただの腕利きの技術者じゃないわ。残滓の熱を御し、水銀記録を物理的に抽出するなんて、それはもう錬金術的な領域よ。そして、その指先が素材集めをしている煤煙の芸術家と繋がっている。私はそう睨んだの!」
ロイスはそう言って、蒸気自動車の操縦レバーを強引に操作し、進路を『煤煙の貴婦人』地区の中心部へと変えさせた。
向かった先は、情報屋マダム・ヴェイルの拠点。かつて巨大な蒸気船を修理していたドックを改造した真鍮の倉庫は、外見こそ錆びついた廃墟を装っているが、重厚な鉄扉の向こう側には、別世界が広がっていた。




