予兆の鼓動
「あら、伯爵さん?私の直感が、素敵なゴシップを囁いているわ」
静寂が破られたことに、伯爵もジェミニも驚いてロイスを見た。ロイスは手袋を脱ぎ、汚染箇所から少し離れた作業台の隅を指でそっと触れた。
「私ね、伯爵。このSN、まるで『悲鳴を上げたピアノ』みたいだと思うの」
「悲鳴?何の話かね、アッシュウォーカー嬢!」
「だってそうでしょう?この装置は高性能。計算が速ければ速いほど、沢山の熱が出る。でも、この部屋の周りは異常に冷たい蒸気が流れているわ。しかも、意図的に」
ロイスは、自分の機械式単眼をカチリと操作し、伯爵に向かって誇らしげに言った。
「犯人は記憶を盗むために、極めて精密で『熱く、燃えるような指先』を使っている。その指先が、極度の高熱に晒された『黒い残滓の皮膚』でできているからこそ、水銀記録を溶解させることができた。その熱を打ち消すために、この部屋の蒸気循環を操作し、冷たい蒸気を流したのよ!自分の指先が燃え尽きるのを恐れたかのようにね!」
ジェミニは目を見開いた。ロイスの単眼が捉えた現場のデータと、自身の解析結果が、完璧に一致したのだ。
「待て、ロイス。君の言う通りだ。犯人は自身の体の一部を変異させた指先で、物理的に情報を溶解・抽出した。その指先は極度の熱を持っていたが、同時に残滓の毒性に苦しんでいる証拠でもある」
伯爵は顔面蒼白になった。真鍮の義腕を震わせながら。
「自分の指先だと?そんな人間がいるのか!」
「触らないで、ジェミニ。この残滓の変異はただの汚染じゃない。これは、極度の高熱で精製された『黒い残滓の皮膚』の痕跡よ。彼らは残滓の熱と毒性に最も耐性を持つ、哀れな変異者たちだわ」
ロイスの言葉は、裏社会で囁かれる『煤煙の芸術家』失踪事件との関わりを匂わせた。
「いいわいいわ!犯人は残滓の熱を操る術を知っている技術者。この記憶盗難は、都市崩壊へ繋がる明確なエラー・コードよ!」
ジェミニは妹の直感に、苦々しくも頷いた。ロイスの無駄話は、やはり真実を射抜く予言の歯車なのだ。
「盗まれた記憶は、プロメテウス・エンジンに直結する。事態は想像以上に深刻だ」
ジェミニは、ロイスの左腕をちらりと見た。彼女の漆黒の皮膚が、この陰惨な事件の核心に彼女を引き込んでいるように、彼の目には見えた。




