閃光のような逃走
事務所の地下ガレージで、真鍮の獣が目を覚ました。アッシュ・キャリアーの重低音は、理不尽な権力に抗う三人と一匹の鼓動そのものだ。
「ロイス、ベル、スス! 全員、骨が折れる覚悟で掴まっていろ。この街で一番、美学に反する荒っぽいドライブの始まりだ!」
ジェミニが主蒸気弁を解放した瞬間、キャリアーは砲弾の勢いで防壁を突き破り、地上へと躍り出た。黄金の私兵たちが悲鳴を上げる暇もなく、巨大なバンパーが彼らを弾き飛ばしていく。
「うわっ! この臓器が裏返るような加速、最高だわ! やっぱり探偵の夜には、華やかな逃走劇と無茶が似合うわね!」
激しく揺れる車内で、ロイスは青い触媒を抱えながら不敵に笑った。彼女の単眼が、前方で待ち構える熱源を捉える。
「ジェミニ、左前方! バートン家の自走砲台が待ち伏せしているわ!」
「分かっている。ベル、右舷の銃座に入れ! 奴らの秩序を文字通り解体してやれ!」
「了解いたしました、ジェミニ様。火線展開。不純物の排除を開始します」
ベルが引き金を引くたび、高圧蒸気弾が敵の駆動部を正確に貫いていく。その神業のような冷静さが、追跡者たちに恐怖を植え付けていった。
「逃がすな! 触媒を奪還せよ! 犯罪者どもを鉄屑に変えてしまえ!」
通信機からランドルフの怒号が響く。前方には建物を押し潰し、超大型蒸気戦車レヴァイアサン・ゴーレムが姿を現した。
「ナァーン、ナァーン!」
ススの警告の声がエンジンルームから響く。
「ジェミニ、過負荷よ! このままじゃ私たちが真鍮の破片になっちゃう!」
「いいや、限界を越えてからが解体屋の仕事だ。ロイス、ベル。その光の欠片をエンジンへバイパスさせるぞ!」
ジェミニの指示でロイスが触媒をポートへ押し当てると、車体がサファイア色の閃光に包まれた。
「理論上は通常の三倍、いや未知数の出力を叩き出すはずだ!」
「その不確定な賭け、私の美学にピッタリだわ! 行きなさい、ジェミニ!」
キャリアーは物理法則をあざ笑う速度で加速し、敵の巨砲を紙一重で回避する。
「ベル、仕上げよ! あの黄金の置物を、ただの静かなスクラップに戻してあげなさい!」
「最大出力、収束。……解体、完了です」
ベルの上腕から放たれた蒸気を圧縮した気弾が、巨大戦車の動力核を沈黙させた。アッシュ・キャリアーは包囲網を抜け、月明かりが差し込む郊外へと辿り着いた。
「はぁ。死ぬかと思ったけれど、最高に刺激的な夜だったわね。帽子の羽根が少し焦げちゃったのが欠点だけど」
ロイスは窓を開け、夜風を肺いっぱいに吸い込んだ。
「いや、まだ始まったばかりだ。これから始まるのは、この街の支配を書き換えるための全面戦争だ」
「望むところよ。不純物だらけのこの街を、根底から美しく解体してあげる」
薄紫色の夜明けが、灰色の街を照らし始める。彼女たちの足跡は、絶望を突き抜け、確かな希望の朝へと続いていた。




