解体屋の朝食
ネオ・ロンドニウムに、かつてないほど澄んだ朝が訪れた。地下深くに蠢いていた忘却の工廠は灰となり、街を支配していた零式エンジンも沈黙した。窓から差し込む琥珀色の光が、事務所の床を優しく照らしている。
「それでね、ジェミニ! あの時のヴィクターの顔、最高に傑作だったわ! まるで潤滑油を差し忘れた骨董品の自動人形みたいに顔を歪めちゃってさ!」
ロイスの快活な……というより、安全弁の壊れた高圧蒸気機関のようなトークが響き渡る。彼女は新調した帽子を鏡の前で調整しながら、右目の機械式単眼をカチカチと鳴らした。
「あ、そうそう! ベルの新しい装甲も見てよ! 朝日に反射して私の顔が鏡みたいに映るの。思わず自分にウィンクしちゃったわ。ねえ、聞いてるのジェミニ?」
「ナァーン」
地を這うような重低音が、彼女の言葉を遮った。黒猫のススが、鋭い爪を一本だけ立ててロイスのブーツをツンと叩く。それは「黙れ」という絶対的な警告だった。
「……。はい、黙ります」
ロイスは瞬時に直立不動になった。この事務所において、ススの鳴き声はどんな命令よりも重い。静寂が訪れた後、フライパンを握ったジェミニがようやく振り返った。
「やっと排気音が止まったか。ロイス、お前の喋りは燃費が悪すぎる。少しは出力を抑えて脳に栄養を回せ。これから食べるのは食事であって、お前の言葉じゃないぞ」
「ひどいわ、ジェミニ! これは新装開店に向けたファンファーレみたいなものよ。ベルもそう思うでしょ?」
ロイスが同意を求めると、ティーセットを準備していたベルが、真鍮のトレイを掲げて静かに微笑んだ。その表情には、かつてのプログラムにはなかった温かさが宿っている。
「ロイス様のお声が響くのは、各回路が正常に稼働している証ですので、私は好ましく思います。……ですが、紅茶の温度が最適を維持できるのは、あと百二十秒しかありません。スス様の仰る通り、一旦休止されるのが合理的かと」
「もう、ベルまでススの味方をするんだから!」
文句を言いながらも、ロイスは素直に椅子に座った。ススが満足げに彼女の膝へ飛び乗り、喉を鳴らし始める。ベルはその隣で、慈しむようにススの頭を撫でた。
ジェミニが差し出した皿には、香ばしいトーストと完璧な半熟の目玉焼きが並んでいる。ロイスはパンを一口齧り、窓の外を見つめた。
「……平和ね」
捲り上げた左腕の袖の下には、もう自分を蝕む黒い紋様はない。代わりに残ったのは、自由を勝ち取った証である薄い火傷の跡だけだ。
「ああ。だが、メインエンジンが止まったことで、都市の歯車には歪みが出始めている。真鍮の探偵さん、これからどんな奇妙な故障が舞い込むか分からんぞ」
「望むところよ! 宿命の解体屋に、直せない運命なんてないんだから!」




