真なる夜明け
その光景は、もはや機械と呼べる範疇を越えていた。
プロメテウス・エンジン・タイプ零。
工廠の底から這い上がってきたそれは、無数の真鍮製ピストンと、肥大化した肉塊が融合した異形の塊だ。拍動するたびに黒い残滓がチューブを巡り、周囲の空気を震わせる。
「美しいだろう? 何万という命の絶望を蒸気圧へと変換し、永劫の動力を生み出す。これこそが、都市を永遠にする神の心臓だ」
ヴィクターの声が響き、数十本の鋼鉄製触手がロイスたちへ向けられた。
「冗談じゃないわ! こんな醜悪なものに、私たちの命も心も渡さない!」
ロイスは、意識を取り戻したベルを支えながら地面を蹴った。
「ジェミニ、解析は!?」
「終わった。……ヴィクター、お前は自分の才能を過信し、過去の遺物を使い回しすぎたんだよ」
ジェミニが巨大な次元破砕レンチを特定のボルトへ叩きつけた。カィィン、という澄んだ音が響く。
「一秒だけ動きが止まる。そこを突け! 核は中央の肉塊の奥、第三バイパスの直下だ!」
「了解! 行くわよ、ベル!」
「はい、ロイス様……。私は、あなたの剣です!」
ベルの背中から純白の蒸気が噴き上がる。再起動した彼女の剣筋は、鋭く、そして温かい。
ススが爪で触手のセンサーを破壊した瞬間、エンジンの動きに致命的な隙が生じた。
「今よ! 解体開始!」
ロイスの左腕が黒い残滓を吸い込み、巨大な杭と化して装甲の隙間へ突き立てられた。凄まじい衝撃と怨嗟の声がロイスを襲う。
「……大丈夫。もう、苦しまなくていい。私たちが、あなたたちを解き放ってあげる!」
左腕から溢れ出す浄化の光。絶望が希望の蒸気へと変換され、肉塊が崩れ落ちていく。
「な……何だと!? 安定化だと!? 貴様、何をした!」
取り乱すヴィクターを無視し、ロイスは中心部の核へ到達した。
「ジェミニ、これを壊せば!」
「待て、乱暴に壊せば爆発する! 俺が圧力を逃がす。ロイス、お前はその左腕で中の澱みを吸い出すんだ!」
ロイスが容器に手を触れた瞬間、意識が真っ白な空間へ飛ばされた。そこには捨てられた人々の姿があった。ロイスは心の中で、一人ひとりの手を握る。
(もう、休んでいいんのよ)
ロイスの涙が触れた場所から、漆黒の皮膚は真鍮色の鱗へと変わり、やがて柔らかな肌へと戻っていった。呪いが、今、最高の形で昇華されたのだ。
「そんなバカな! ぐっ! うわぁぁぁぁぁ……!!!」
巨大なエンジンが砂の城のように崩壊を始める。ヴィクターは制御台と共に奈落へと消えていった。
「脱出するぞ! アッシュ・キャリアーへ急げ!」
ジェミニの叫びと共に、三人と一匹は崩落する地下道を駆け抜けた。
数時間後。アッシュ・キャリアーは灰の雪が止んだ丘の上にいた。わずかな雲の切れ間から、金色の朝日が地上へ降り注いでいる。
「……綺麗」
ロイスは車を降り、朝日を浴びた。左腕に不気味な脈動はなく、温かな人間の腕がそこにあった。
「ベル、大丈夫?」
「はい、ロイス様。……少しネジが緩んでいる気がしますが、気分は最高です」
ベルが照れくさそうに微笑む。ジェミニはふっと息を吐き、肩をすくめた。
「さて、明日から街は大混乱だぞ。お前の大好きな美学だけじゃ、食っていけなくなるかもしれないな」
「何を言ってるのよ。街が壊れたなら、私たちが解体して作り直せばいいじゃない。私たちには、最高の技師と、最強の騎士、それに……」
ロイスは足元のススを抱き上げた。
「最高に運の良い猫がついているんだから! 正常な歯車を回す! アッシュウォーカー探偵事務所、第二章の始まりよ!」
朝日の光が、彼女たちの進む道を真っ直ぐに照らしていた。




