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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人
灰色の朝

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鏡像の死神

 『忘却の工廠』の最深部、クレイドル。真鍮と鉄が不規則に溶け合い、天井から垂れ下がる巨大な鎖が生き物のようにのたうち回る、機械の地獄だ。

 その中心で、ロイス・アッシュウォーカーは凍りついていた。


 「……嘘よ。そんなの、あり得ないわ」


 正面に立つのは、漆黒の装甲を纏った少女型のオートマタ。その造形、関節の動き、そして剣の構えまで、それはロイスが愛してきたベルそのものだった。

 だが、その瞳に灯っているのは、全てを腐食させるような毒々しい赤色。


 「どうした、ロイス。その鏡像は、君が失った欠片から作り上げた最高傑作だ。さあ、ベル・オルタ。その目障りな被検体を、塵へと還せ」


 ヴィクターの冷笑と共に、ベル・オルタが爆発的な速度で踏み込んできた。


 「っ……!」


 漆黒の刃がロイスの肩当てを抉り、火花を散らす。ロイスは蒸気ピストルを引き抜いたが、その指先は目に見えて震えていた。レンズの向こうに見えるのは、自分を助けてくれた時のベルの笑顔。


 「撃てない……。ベル、あなたなの? 返事をしてよ!」


 叫びは虚しく、ベル・オルタは感情を排除した「効率的な抹殺」を繰り返す。それはベルの技術でありながら、ベルの心が介在しない、ただの死神の舞いだった。


 一方、工廠の入り口付近では、ジェミニが巨大な『次元破砕レンチ』を一閃させていた。


 「……目障りな旧式どもめ。ゴミ捨て場に帰るのが遅すぎたようだな」


 正面から突っ込んできたオートマタの頭部を叩き潰す。彼の周囲には、もはや数え切れないほどの鉄屑が積み上がっていた。


 「……すまないな。お前たちの設計上の欠陥は、誰よりも俺が熟知している」


 ジェミニの瞳に、激しい自嘲と怒りが混ざり合う。彼はリミッターを解除し、通信機に向かって吼えた。


 「ロイス、聞こえるか! 止まるな! その腕はお前の絶望を測るための計器じゃない、道を切り裂くためのピッケルだと思え!」


 「ジェミニ……!」


 その直後、ロイスの懐から黒い稲妻が飛び出した。猫のススだ。ススはベル・オルタの首筋に爪を立て、装甲の一部を無理やり剥ぎ取る。その瞬間、ロイスの脳内にノイズ混じりの声が流れ込んだ。


 ――『ロイス……さま……』


 「……そうか。あなたはそこに閉じ込められているだけなんだわ。ジェミニが言ってた。解体屋は、本質を取り出すために余計なものを剥ぎ取るのが仕事だって!」


 ロイスは蒸気ピストルを放り捨てた。左腕から溢れ出した黒い残滓が、巨大な杭へと形を変える。


 「ヴィクター。あなたの趣味は最低よ。そんな黒い服、あの子にはこれっぽっちも似合ってないわ! 私の美学で、あなたを解体してあげる!」


 ロイスの一撃が、剥き出しになったベル・オルタの胸部へと叩き込まれた。放たれたのは破壊の力ではなく、本来のベルの記憶という名の浄化の光。漆黒の装甲がボロボロと崩れ落ち、その下から白銀の肌が露出する。


 「……ロ……ロイス……さま……」


 「おかえり、ベル。今のあなたの方が、ずっと私好みよ」


 ロイスは膝をついたベルを強く抱きしめた。だが、感動に浸る間もなく、床が底知れぬ咆哮と共に激しく揺れ始める。


 「ふん。ベル・オルタを失ったのは計算外だが、中枢の起動は完了した。見なさい、都市の本当の『心臓』を!」


 ヴィクターが両腕を広げると、クレイドルの底から巨大な肉塊のような機械が這い上がってきた。無数の人間の蒸気神経を繋ぎ合わせ、黒い残滓の汚泥を循環させる禁忌の動力源――『プロメテウス・エンジン・タイプ零』。


 「これを作るために……あの日、街の人間たちを……」


 合流したジェミニの顔に戦慄が走る。ヴィクターは狂気を含んだ声で笑った。


 「君たちの持つ真珠と左腕があれば、このエンジンは完成し、街は神の領域へと至るのだ!」


 巨大なエンジンの触手が獲物を求めて動き出す。ロイスは意識を取り戻したベルの肩を支え、ゆっくりと立ち上がった。


 「ジェミニ。解体の続きをやりましょう。こんな不細工な心臓、私の事務所には似合わないわ!」


 「……ああ。一気にバラしてやる。一秒の狂いもなく、な」


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