ベルの意志
ベルの真鍮の指先が、意志を持って強く握りしめられた。
「ジェミニ、ロイス。……退イテ、クダサイ」
ベルの声が、これまでになく透明に響いた。迫りくる敵を一振りで薙ぎ払い、彼女は巨大なシャフトへと歩み寄る。
「ベル? 何をするつもりだ、おい!」
ジェミニが掠れた声で叫ぶ。
「現在ノ演算能力デ算出サレタ、唯一ノ解決策デス。……私ノ核ヲ強制暴走サセ、放出サレル熱量デ、残滓ヲ瞬時ニ蒸発サセマス」
「馬鹿を言うな! そんなことをすれば、お前の人格回路が焼き切れる! 俺が別の方法で解体してみせる、だから――」
ジェミニが血を吐くような思いで手を伸ばしたが、ベルは静かに首を振った。
「……イイエ。コレハ、命令デハ、アリマセン。……私ノ、意志デス。私ハ、命令ニ従ウ機械トシテデハナク……二人ノ家族トシテ、明日ヲ守リタイト、願ッテシマッタノデス」
ベルは驚愕に目を見開く二人を振り返り、優しく微笑んだ。
「……ベル、やめて! お願い、置いていかないで!」
ロイスが泣き叫び、その場に崩れ落ちる。その時、ジェミニの肩の上でススが鋭い声で鳴いた。
「オオオオオオオッ!」
ベルが跳んだ。自らのリミッターを内部から爆破し、燃え上がるような熱量をその身に宿して、彼女は巨大なシャフトへと右腕を突き立てた。
瞬間、白銀の聖域が太陽のような純白の閃光に塗りつぶされた。黒い残滓が蒸発し、大時計クロノスが正しい一秒を刻んだ。
閃光が収まった時、そこには片腕をシャフトに埋め、動かなくなったベルの姿があった。瞳の光は完全に消えている。
「ベル……! ベルッ!!」
「嘘でしょ……ねえ、起きてよベル! また文句言っていいから……勝手に掃除したって、怒らないから……!」
ジェミニが駆け寄り、ロイスが物言わぬ体に縋り付く。ススは静かに、ベルの頬に鼻先を寄せた。
その静寂を破り、影から銀の仮面の男、灰の街の賢者が現れた。
「……見事だ。機械が自己犠牲という名の不条理を選んだ。これこそが、私が求めていた魂の解体の果てだ」
「……報酬を、置いていけ。……そして二度と、俺たちの前に現れるな!」
ジェミニが強い眼差しで男を射抜く。男は血の滲んだ報告書を床に置くと、影に溶けるように消え去った。
ジェミニが震える手で拾い上げたその書類には、騎士団の正義が、人口調整のための虐殺機関であったことが記されていた。
「……俺たちが、守っていたのは……これだったのか……」
ロイスが声もなく涙を流し、ジェミニの肩に手を置く。
クロノスは正しく時を刻み続ける。だが、その一秒ごとに、偽りの平和が剥がれ落ちていく。
夜が明ける。しかし彼らが手にしたのは希望ではなく、愛する者の犠牲と、すべてを解体しなければならないという呪いにも似た覚悟であった。




