解体開始
「ベル、異音の発生源を特定しろ。センサーを補正するんだ」
ジェミニが鋭い口調で命じる。
「完了。第十四ベアリングニ、有機的ナ付着物ヲ確認。ソレハ自己増殖ヲ繰リ返シ、生き動いて居リマス」
「有機的って……。こんな綺麗な場所に、カビでも生えたの?」
ロイスが疑念を口にした瞬間、一人の時計技師の動きが止まった。袖口からドロリとした黒い液体が溢れ出し、白銀の床を汚していく。
「一秒ノ遅レ。ソレハ、不完全ナ肉体ヲ捨テ、不変ヘト至ルタメノ……最初ノ一歩ナノデス」
仮面の下から、複数の死者が重なり合ったような声が響いた。
「チッ。やはりただの故障じゃない。ベル、ロイス、解体の準備だ! あの汚泥ごと、狂った時間を切り落とす!」
ジェミニが巨大なレンチを抜き放つ。
「了解デス。出力リミッター解除。これより不純物の排除を開始シマス」
ベルの瞳が深紅に染まった。
「わかってるわよ! せっかくの絶景が台無しじゃない。……やるしかないわね!」
ロイスが左腕を構え、叫んだ。
「行くぞ!」
ジェミニの号図と共に、三人と一匹は黒い群れへと躍り出た。火花と飛沫が飛び散る中、秒針が重苦しく震える。彼らは、都市の運命を握る次の一秒が刻まれる前に、この闇を解体しなければならない。
――白銀の聖域は、いまや漆黒の汚泥と火花が散る地獄へと変貌していた。時計塔エタニティの最上階。巨大な歯車が噛み合うたびに、耳を劈くような金属音と、不快な残滓の弾ける音が反響する。
「……ハァ、ハァ……! ロイス、下がれ! そいつの波長に呑まれるな!」
ジェミニは巨大なレンチを振り抜き、時計技師の仮面を砕いた。薄い酸素が肺を焼き、意識が白く霞んでいく。一振りのたびに、筋肉が酸欠で悲鳴を上げた。
「言われなくても……わかってるわよ! でも、こいつら、きりがないわ!」
ロイスは叫びながら、左腕の手袋を握りしめた。視界にはアイリスの記憶がノイズのように点滅している。酸素を求めて喘ぐ唇は、紫に震えていた。
背後では、大時計クロノスの振り子が断末魔の喘ぎのように揺れている。その光景を、ベルは壊れかけた視覚センサーで見つめていた。
(計算。コノママ戦闘ヲ続行シタ場合、生存確率、極メテ低イ。解決策、ナシ……)
論理が最悪の結末を叩き出す。だが、ベルの疑似感情回路が演算結果には存在しないノイズを発生させた。
「胸部装甲ノ奥ガ……痛イ」
それは、下層のガラクタ置き場で拾われた彼女が、初めて手に入れた痛みだった。ジェミニが淹れるコーヒーの香り、ロイスの不器用な抱擁、ススの柔らかな重み。それらがベルの中に家族という定義を構築していた。




