白銀の時計塔
上昇を続けるリフトの中で、ロイスはふと、自分の左腕を愛おしむように優しく撫でた。肘から先を覆う頑丈な革製の手袋。かつてアイリスの魂が宿り、今もその温かな残滓を秘めた場所。
「……一番の絶景は、今から私たちが乗り込む時計塔エタニティの頂上なんだけどね。あそこは街で一番高い場所。そこから見下ろすと、このネオ・ロンドニウム全体が、大きな、そして今にも壊れそうな精巧な懐中時計みたいに見えるの。本物の空の色を見たら、アイリスちゃんも……あの子もびっくりするかしらね」
ロイスの声は、先ほどまでの賑やかさが嘘のように、静かで柔らかな響きを帯びていた。
その時、リフトが大きく上下に揺れ、凄まじい減速の圧力が三人を襲った。真空チューブ内の電磁加速が終了し、気圧調整の不快な耳鳴りと共に、上層特有の、消毒されたように清潔な空気がリフトの僅かな隙間から音を立てて流れ込んできた。
「……観光案内はそこまでだ、ロイス。無駄話で消費する酸素があるなら、これからのために取っておけ。ここからは一秒の油断、一ミリの踏み外しさえも許されない場所だ」
ジェミニが、ゆっくりと腰を上げた。彼の瞳から、先ほどまでの穏やかな保護者としての温かみは完全に消え去っている。そこにあるのは、正確無比な手際で対象を分解する解体屋の、そしてかつて戦場ですべてを棄てた沈黙の騎士の、凍てついた眼差しだった。
重厚なリフトの扉が、油圧の音を立てて重々しく左右に開く。
目の前に現れたのは、下層の錆びついた真鍮の世界とは対照的な、白銀の雪を頂いたかのように眩しく磨き上げられ、寸分の狂いもなく回転し続ける、時計塔エタニティの壮大な内部構造であった。
カチ、カチ、カチ……。
巨大な歯車が噛み合う音が、聖堂のような静謐な空間に響き渡る。下層の歪な機械音とは違い、それは恐ろしいほどに純粋で、完成された音だった。
この完璧なる調和の中に潜む、一秒の誤差。その正体を解体するための、一行の第二の戦いが、今静かに幕を開けた。
「……さあ、スス。お前もカバンの中で大人しくしてろよ。ここからは、ちょっと高いところの仕事になる」
ジェミニの言葉に応えるように、ススはコートの奥深くから、一度だけ鋭い黄金の瞳を光らせ、再び闇へとその身を隠した。三人と一匹の影が、白銀の歯車の迷宮へと吸い込まれていく。上層の冷たい風が、彼らの背中を追い越していった。




