表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人
灰色の朝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/110

灰の終わる空


 ジェミニの指先が、最後の回路を接続した、その時だった。

 背後で静まり返っていたプロメテウス・エンジンが、これまでとは決定的に違う、深く、穏やかで、力強い呼吸を開始した。


 炉心に淀んでいたエフィメラの悪意が、ロイスの放った浄化の衝撃によって霧散し、エンジンは本来の、都市を支える純粋な駆動力へとその性質を変換させたのだ。巨大な黄金のピストンがゆったりと規則正しく上下し、都市の全域へと、清浄な風とエネルギーを送り込み始めた。


 円形広場の遥か頭上、灰色の雲に覆われていた天井の巨大な排気孔が、一斉に解錠された。十年間、特区零番を重苦しく閉じ込めていた絶望の灰が、エンジンの生み出した力強い新緑の旋風によって、空の彼方へと一気に吹き飛ばされていく。


 崩落した天井の隙間から、一条の光が真っ直ぐに差し込んだ。それは、ガス灯の不自然な光でも、エンジンの燐光でもない。本物の、十年間この特区が忘れかけていた、人工物ではない太陽の輝きであった。その温かな光が、瓦礫の中で互いを支え合う三人を、祝福するように照らし出した瞬間。


 「……ゴ、ホッ……シュ、ゥ、ゥ……」


 ベルの、空っぽだった胸の奥底から、小さく、頼りない蒸気の排気音が漏れた。


 「ベル……!?」


 黄金の瞳が、一度、二度と、壊れた電球のように頼りなく明滅する。やがて、ノイズまみれの視覚センサーが、目の前で必死に自分の名を呼ぶ二人と、その背景に広がる見たこともないほど美しい青空の色彩を捉えた。


 「……ゴ、主人……ルイ……ズ……。……アツ……イ……デ、ス……」


 合成音声のスピーカーはひどく音割れし、掠れていた。だが、それはプログラムされた定型文ではなく、彼女自身の魂から絞り出された、唯一無二の呼びかけであった。


 「あなた言葉を……すごいわベル……でも良かった……本当に、よかった……!!」


 ロイスが、耐えていた涙を堰き止めることができず、ベルの焼けた胸に顔を埋めて子供のように泣きじゃくった。ジェミニは、持っていたレンチを静かに床に置くと、大きく一つ、魂を吐き出すような溜息をついて空を仰いだ。そこには、灰の向こう側にずっと存在していた、透き通るような朝焼けの空が広がっていた。


 「帰るわよ。ジェミニ、ベル.私たちの場所に」


 ロイスが袖で涙を拭い、泥だらけになりながらも立ち上がった。


 「ああ。ススが、腹を空かせて、とびきりの不機嫌な顔で待っているはずだ」


 ジェミニは、満身創痍で一部の機能も戻らぬままのベルを、慈しむように背負った。彼らは一歩一歩、自分たちの唯一の居場所、アッシュウォーカー探偵事務所への道を歩み始めた。特区に積もり続けていた灰は、今、新しい風に舞い、本当の夜明けの光の中に溶けて消えていく。


 ネオ・ロンドニウムの長い夜が、今、終わろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ