解体屋ジェミニ・アッシュウォーカー
「嘘でしょう……ベル、起きてよ。ねえ、いつものように立ち上がってよ!」
遅れて追いついたロイスが、その傍らに崩れ落ちるように膝をつく。彼女の左腕に纏わりついていた黒い残滓は、アイリスの魂を解放したことで、嵐の後の凪のように静まり返っていた。今の彼女の手には、敵を穿つ超常の力など一欠片も残っていない。ただ、震える人間の少女の手が、冷たくなりゆく真鍮の友を、涙ながらに必死に揺さぶっていた。
「……ベル、聞こえるか。……すまない、俺の判断が遅すぎた。お前に、これほどの負担を強いるつもりはなかったんだ」
ジェミニの、油と煤に汚れた手が、自分でも制御できないほどに震えていた。冷静沈着なエンジニアとして、そしてかつて戦場で多くの犠牲を見てきた元騎士として、彼は機械の故障や道具の損壊を幾度となく経験してきたはずだった。部品を替えれば直る、それがオートマタという存在の、無機質な理屈だ。
だが、今目の前で横たわる彼女は、代えのきく道具などではない。暗い事務所で共に夜を明かし、猫のススを慈しみ、不器用な自分たちを常に背後から支え続けてくれた、世界にたった一人しかいない家族であった。
ジェミニは、ベルの胸部にあるメインハッチを、震える指先で力ずくでこじ開けた。その中にあるはずの心臓部は、臨界熱によって一部がドロドロに融解し、炭化した回路が黒く焦げ付いている。あまりに絶望的な光景だった。通常のエンジニアなら、その惨状を見た瞬間に、即座に廃機処分を言い渡すだろう。
「……まだ、終わらせない。俺が、ここで終わらせるはずがないんだ」
ジェミニは普段から身につけている腰の、サイドバックを乱暴に取り外し無造作にひっくり返した。予備の蒸気カートリッジと、先ほどエフィメラから奪い取った、純度の高い古代エネルギー伝達部品を強引に引き出す。
それはもはや、物理的な修理という範疇を遥かに超えていた。神への祈りにも似た、あるいは生者への執着による、命の蘇生であった。
「ジャーミン、そんなの……もう、無理よ……回路が焼けてる……!」
「黙ってろ、ルイーズ! ……俺は、アッシュウォーカー探偵事務所のジェミニだ。俺達の相棒を、こんな冷たいゴミ溜めに置いていくわけにはいかないんだ!」
ジェミニは熱を帯びたピンセットとレンチを振るい、焼け付いた細い銀線を一つ一つ、狂気的なまでの集中力で繋ぎ直していく。指先の皮膚が熱で焼け、肉の焦げる臭いが周囲に漂ったが、彼にはその痛みすら届いていなかった。




