ベル・アッシュウォーカー
プロメテウス・エンジンの心臓部を、暴力的なまでの白光が支配していた。それは、都市の命脈を司るはずの神聖な駆動機関が、地獄の釜へと変貌した瞬間だった。
ドクター・エフィメラが仕掛けた臨界突破の信号は、エンジンの論理回路を修復不可能なまでに汚染し、炉心温度はもはや理論上の限界値を遥かに突破していた。
周囲を走る重厚な真鍮製パイプは、一万度を超える内部圧力に耐えかね、飴細工のように赤く歪み、膨張している。接続部の隙間からは、漏れ出した超高圧蒸気が噴き出していた。
それは触れるものすべてを瞬時に分子レベルで消し飛ばす、白濁した死の霧となって空間を埋め尽くしていく。もはやここは、生物が生存を許される場所ではない。
その地獄のような熱風と轟音が吹き荒れるただ中で、自動機械のベルは独り、エンジンのメインバルブにその身を捧げていた。
「シュ、ゥ、ゥ、ヴォォォォ……ッ」
ベルの喉元の排気口から漏れる音は、もはや制御された蒸気音ではなかった。それは鋼の軋みと電子的な絶叫が混ざり合った、断末魔の悲鳴に近い何かだった。
彼女は自らの内蔵ボイラーをエンジンの冷却バイパスへと強引に直結させていた。自身の全身を循環する冷却水を、エンジンの熱を吸い出すための身代わりとして提供し続けているのだ。
それは、超精密な電子部品の集合体である彼女にとって、自らを内側から焼き溶かし、論理回路を蒸発させる自殺行為に他ならなかった。真鍮の皮膚は赤熱し、もはや黄金色ではなく白銀に近い殺人的な輝きを帯びている。各関節の継ぎ目からは、高熱で液状化した潤滑油が、黒い血のような涙となって床へと滴り落ち、蒸発していった。
過熱により、彼女の視界を司るメインセンサーには激しい赤色のノイズが走り、演算処理は壊滅的な遅延を起こしている。熱が回路を焼き、個としての意識が溶けていく。だが、その漆黒の虚無に呑まれそうなノイズの合間に、彼女の記録メモリが、強固に刻まれた断片的な映像を映し出した。
不器用ながらも、油に汚れた大きな手で関節の一本一本を丁寧にメンテナンスしてくれる、ジェミニの静かな眼差し。
「あんたがいなきゃここまでたどり着けてないわ、最高の相棒よ」と笑いながら、肩を力強く叩いてくれたロイスの明るい声。
そして、事務所の古びたソファの隅で丸くなり、自分の無機質な膝の上で安心しきって喉を鳴らす、愛猫ススの柔らかな重み。
それらの、アッシュウォーカー事務所に来て過ごした数時間のなんてことのない記録こそが、熱で崩壊しゆく彼女の電子頭脳を現実へと繋ぎ止めていた。彼女にとって、ただ主人の指示を待つだけの精巧な人形だった時間は、ベル・アッシュウォーカーの名をいただいた時点で終わっていたのだ。
今の彼女を突き動かしているのは、自分を部品ではなく家族として、一人の仲間として受け入れてくれた二人を、そしてあの暖かな居場所を守りたいという、オートマタにあるまじき純粋で強固な意志であった。




