正義の解体
「……これが。これが、私の信じていた正義の、騎士道の正体か! 私は、あんな屑どものために、大切なものを捨てたというのか!」
ジェミニの魂の底からの咆哮。その一瞬の隙を、番人は逃さなかった。処刑鎌が死の軌道を描き、ジェミニの胸元へと肉薄する。
だが、今度はロイスが動いた。
彼女の左腕の黒い残滓が、兄の絶望と自らの激しい怒りに呼応し、かつてないほどの漆黒の輝きを放つ。ガントレットの真鍮がキシキシと悲鳴を上げ、彼女の意志が残滓の力を破壊的な物理衝撃へと変換した。
「……ふざけるのも、いい加減にしなさい! 誰の人生を、勝手に売買してるのよ!」
ロイスは正面から巨大な鎌をガントレットの腕一本で受け流し、番人の文字盤、その無機質な顔面の中央へ、残滓の熱を纏った拳を叩き込んだ。
凄まじい衝撃波が円形広場を揺らし、番人の真鍮の文字盤が粉々に砕け散った。文字盤の針が虚空を舞い、視界を奪われた番人が狂ったように背中の武器を振り回すが、ジェミニは既に立ち直っていた。その瞳には、もはや過去への未練など微塵も残っていない。
「……ルイーズ。私が守るべきだった正義は、あんな腐った連中の中には、最初から存在しなかったのだな」
ジェミニの声は、もはや迷いのない、氷のような殺意に満ちていた。
「我々の正義は、今、ここにしかない。……終わらせるぞ、解体屋として。この都市の、最大のエラーをな!」
ジェミニはベルに合図を送る。
「ベル、すべての鉄鎖を全出力で奴の四肢に繋げ! 自壊を恐れるな、お前が壊れたら、私が何度でも、より強く再生させてやる!」
「……シュ、ゥ、ゥ、ヴォォォォン!」
ベルが全シリンダーを赤熱させ、限界突破の排気音を鳴らす。四肢から放たれた無数の鉄鎖が、暴れる番人の巨大な身体を雁字搦めに拘束した。番人が引きちぎろうと暴れるたびにベルの身体から火花が飛び、真鍮の装甲が砕けていくが、彼女は黄金の瞳を輝かせ、一歩も引かない。
その必死の拘束のまっただ中、ジェミニは番人の背後、すべての処刑具を統括する巨大な主ゼンマイの真上へと、高々と跳躍した。
「……これが、裏切られた市民の、そして私の報いだ。全機能、永久停止!」
重量級のレンチが、番人の背中にある動力伝達部を垂直に貫いた。
連鎖的に内部の数百の歯車が噛み合わせを失い、凄まじい破壊音と共に番人の巨躯が力なく膝をつく。時計仕掛けの心臓が最期の黒い蒸気を吐き出し、背負っていた処刑具たちがガラガラと虚しく床に崩れ落ちた。
広場に、再び重苦しい静寂が戻る。
目の前には、無残に砕け散った番人の残骸と、騎士団の裏切りを告発し続ける記録水銀の銀色の淀みが、虚しく広がっていた。
「ジェミニ……。騎士団は、私たちを、この街の明日を、最初から守る気なんてなかったのね。すべては自分たちの玉座のため……」
ロイスは黄金の仮面を外し、悔しさと怒りに震える唇を強く噛んだ。その瞳には、もはやルイーズとしての弱さはなく、真実を暴く探偵としての鋭い光が宿っていた。
「ああ。エフィメラも、騎士団も、同じ穴の狢だ。この都市に蔓延る病原体だ。……だが、これで私の迷いは完全に消えた。ジャーミンという騎士は、今ここで、完全に死んだのだ」
ジェミニは、ボロボロになりながらも立ち上がろうとするベルの肩を優しく支え、目の前にそびえ立つ最後の大門を見据えた。
「この門の先で、すべてを終わらせる。ルイーズ、君の言う通りだ。我々の生き方は、誰にも渡さない。我々の足で、決めるんだ」
崩壊を始めた迷宮を背に、三人はついに、プロメテウス・エンジンが燃え盛る心臓部へと足を踏み入れた。
そこには、黄金のパイプオルガンのように組み上げられた狂気の祭壇と、その頂点に座し、不気味な笑みを浮かべて彼らを待ち構えるドクター・エフィメラの姿があった。




