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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人


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33/40

解体の定義

 「危ない、お兄様ぁ!!」


 ロイスの絶望的な叫びよりも早く、銀色の閃光がリフトを横切った。ベルだ。彼女は、自らを壁に繋ぎ止めていた命綱とも言える鉄鎖を、主人の危機を感じて躊躇なく完全に解き放った。自由落下する慣性とシリンダーの瞬間的な爆発圧を利用し、弾丸のような速度でアイアン・メイデンの巨大な腕に鉄鎖を幾重にも絡みつかせる。


 ギギギギッ!


 凄まじい火花が散り、強引にハンマーの軌道が数センチだけ逸らされた。ハンマーはジェミニのすぐ横の鉄板を叩き割り、リフトが大きく傾く。だが、無理な負荷を強行したベルの細い腕の関節には、設計限界を遥かに超えた圧力がかかり、真鍮の美しい装甲に痛々しいひび割れが走った。


 「ベル……!? あなた、自分の回路が焼き切れるわよ!」


 ロイスが驚愕に目を見開く。ベルは、感情を持たないただの機械のはずだった。身代わりとして捨てられるために作られた道具のはずだった。だが、彼女は今、プログラムの命令を超えて、自らの死を厭わずにジェミニの命を繋ぎ止めたのだ。ベルの赤いセンサーが、命の灯火のように一度だけ強く明滅した。彼女は動けないジェミニの胸ぐらを片方の鋼鉄の手で掴むと、力強く、激しく揺さぶった。


 「……シュ、ウ、ゥゥ!! ヴォォォン!!」


 それは、人間の言葉ではない。しかし、確かな意志と怒りがこもった、魂の排気音だった。その衝撃的な音と振動で、ジェミニの意識から過去の霧が霧散した。目の前の黄金の騎士が砂のように消え去り、現実の戦場が鮮明な色を取り戻す。目の前には、自分を守るためにボロボロになり、なおも立ち向かおうとする機械の少女と、必死にフライの群れを食い止める妹の姿があった。


 「……すまない。私はまだ、過去の亡霊に怯える臆病者だったようだ」


 ジェミニの瞳から、深い迷いが消えた。彼は立ち上がり、右手の大型レンチをこれまでにない力で握り直す。


 「騎士としての私は、十年前のあの日、灰の中でルイーズと共に一度死んだのだ。今の私は、栄光も誇りも持たぬ、ただの解体屋……ジェミニだ。だが、この血塗られたレンチは……ルイーズの未来を、ベルという新たな友を、組み立て直すためにある!」


 ジェミニはベルが鉄鎖で拘束しているアイアン・メイデンへと肉薄した。


 「ベル、そのまま固定していろ。……解体開始だ。エラーの元を断つ」


 ジェミニのレンチが、アイアン・メイデンの重装甲の継ぎ目にある最小の隙間に、外科手術のような正確さで叩き込まれた。そのままテコの原理で分厚い装甲を無理やり剥ぎ取り、剥き出しになった心臓部へ、戦術棍を雷光の如く突き立てる。


 ドォォォォン!!


 アイアン・メイデンは内部から爆発を起こし、崩壊するリフトから真っ逆さまに竪穴の底へと脱落していった。ジェミニは膝をついたベルの肩を抱き寄せ、彼女の腕のひび割れと漏れ出す蒸気を素早く確認した。


 「……すまない、ベル。すぐに直してやる。お前のその鉄鎖が、私の魂までをも繋ぎ止めてくれた」


 「ベル……あなた、本当にもう……最高よ! 私の自慢の相棒ね!」


 ロイスが駆け寄り、ベルの顔のない真鍮の頭を愛おしそうに抱きしめた。ベルは、どこか満足げに、静かな排気音を漏らしながら、再び立ち上がった。三人は、崩壊寸前のリフトからさらに数段下の、巨大な円形広場へと飛び移った。そこは迷宮の終着点であり、プロメテウス・エンジンルームへと続く最後の大門。


 「次が、最後ね」


 ロイスが黄金の仮面の奥で、前を見据える。そこには、数多の武器を全身に背負い、静止した時計のように沈黙する、時計仕掛けの処刑人が立っていた。


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