亡霊の囁き
「くっ! 掴んだわ!」
ロイスが、不規則に往復する鋼鉄のリフトの縁へしなやかに着地した。間髪入れずにベルとジェミニもその足場へと降り立つ。だが、安堵の暇は与えられない。彼らがリフトに降り立った瞬間、迷宮の最深部にある防衛システムが、侵入者の心拍と温度を完全に検知した。
壁面の無数のダクト穴から、小型の自律飛行偵察機スチーム・フライが、怒れる蜂の群れのように羽音を立てて湧き出してくる。さらに、空間全体に設置された旧式の拡声器から、ドクター・エフィメラの陶酔しきった声が、ノイズ混じりに響き渡った。
「素晴らしい、実に素晴らしい。過去の亡霊に苛まれ、魂を切り刻まれながらも、まだ足を止めぬか。ジャーミン、かつての高潔なる騎士よ。貴公は今、どのような面持ちでその無骨なレンチを振るっている? 自らの誇りと共に救えなかった部下たちの断末魔を、その鉄の道具で押し潰し、黙らせている気分はどうだね?」
「……黙れ、狂人が」
ジェミニが低く唸る。だがその時、彼の視界が再びぐにゃりと歪み始めた。リフトの端に、一人の男が立っている。それは、十年前の彼自身。一点の曇りもない黄金の鎧を纏い、王室の象徴たる獅子の彫金が施された長剣を構えた、王室筆頭護衛騎士ジャーミンの誇り高き姿だった。
「今の醜い貴様を見ろ。名前を捨て、家系を捨て、闇に隠れて人を効率的に壊す処刑機械になり果てた。それがルイーズを守るということか? 貴様が今手にしているのは、弱きを助けるための聖なる剣ではない。ただの、血とオイルに汚れた人殺しの工具だ」
「違う……私は、守るために……」
ジェミニの足が止まった。スチーム・フライが放つ高圧のニードル弾が、防護の甘い彼の肩を掠め、火花を散らす。
「ジェミニ! ぼうっとしないで、撃ち落とすわよ!」
ロイスが叫び、左腕のガントレットからボウガンを連射してフライを次々と叩き落とす。しかし、ジェミニの耳には届かない。彼は自分自身の幻影が放つ正論という名の鋭い刃に、防備のない心を直接切り刻まれていた。
「貴様は、あの朝、ルイーズを見捨てたのだ。彼女の腕が黒い残滓に焼かれるのを、ただ無力に見ていただけだ。騎士の名が泣くな、ジャーミン。貴様こそが、この都市で最も故障した、粗大ゴミだ」
「やめろ……やめてくれ!! あの時の私にいったいどうしろと言うんだ!!」
ジェミニが絶叫し、幻影を振り払うように無闇にレンチを振り回す。その無防備な背後から、竪穴の壁面を伝って一体の大型オートマタがリフトに飛び乗ってきた。番人へと繋がる最下層の中継点を守る重装型アイアン・メイデンだ。その巨大な蒸気ハンマーが、完全に正気を失ったジェミニの脳を狙って、死の重さで振り下ろされる。




