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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人


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鋼の猟犬


 迷宮の奥へと進むにつれ、通路の壁からは無数の巨大な歯車が露出し、不規則な速度で噛み合いながら回転し始めた。その回転が一定の閾値を超えた瞬間、突如として部屋全体の空間識が狂い、重力が「横」へと急激に傾いた。


「きゃっ……!? 何これ、足が浮く……!」


 足場が壁になり、壁が天井へと変わる。三次元的な平衡感覚を奪われ、床から放り出されたロイスは、咄嗟に左腕のワイヤーを射出した。鋭い音と共に放たれたワイヤーは、逆転した天井にある蒸気配管に深く食い込み、彼女の身体を中吊りにして固定する。


「落ち着け、ロイス。これは空間自体が歪んでいるのではない。周囲の蒸気室が連動して局所的な気圧操作を行い、我々の平衡感覚と質量バランスを物理的に奪っているのだ」


 ジェミニは磁力ブーツを即座に起動させ、垂直になった壁に強引に立ち上がった。彼は冷静に解析器の数値を読み取る。


「前方の巨大歯車群を見てみろ。あれが一定のリズムで蒸気を吐き出し、特定の周波数を発生させて重力制御を擬似的に行っている。この部屋を抜けるには、あの音階を正しく読み解き、対応するバルブを操作しなければならない」


 前方に現れたのは、巨大なパイプオルガンのような形状をした真鍮の障壁だった。特定の順序で蒸気を流し、正しい和音を奏でなければ通路は決して開かない。それどころか、入力を間違えれば出口のないこの密室に数百度の超高温熱水が満たされ、侵入者を文字通り茹で上げる仕組みだ。


「ジェミニ、解析を急いで! このままじゃ脳に血が上っておかしくなりそうよ!」


「……待て。周波数は、三度の短音階……いや、変拍子か。エフィメラ、貴様は音楽までをも罠にするのか。……ロイス、三時の方向、二番目のバルブだ。ボウガンで強制的に開放しろ!」


 ロイスは逆さ吊りの不安定な姿勢のまま、回転を続ける視界の中でターゲットを絞った。シュン、と放たれたボルトが正確にバルブのレバーを叩く。指示通りに蒸気が噴出し、重厚な金属音が迷宮に響き渡った。部屋全体の重力が緩やかに元に戻る。正解だ。


 しかし、パズルを解いた安堵を嘲笑うように、天井の通気口から複数の赤い光が飛び出した。プロメテウス・エンジンを守護する自律戦闘オートマタ『鋼の猟犬』だ。彼らは四足歩行のしなやかな鋼の体躯を持ち、装甲すら容易に溶かす溶断レーザーを吐き出しながら、音もなく石畳を駆けてくる。


「新入りの初陣よ! ベル、行きなさい!」


 ロイスの鋭い号令と共に、ベルが弾かれたように動いた。ベルは言葉を発しない。ただ、彼女の腕と脚の継ぎ目から、冷たく重厚な鉄鎖が高速で吐き出された。


「ガアァァ!」


 跳躍して襲いかかる猟犬に対し、ベルは右腕の鉄鎖を鞭のようにしならせた。空中を飛ぶ猟犬の首を正確に絡め取ると、そのまま肩のシリンダーを逆噴射させて鉄鎖を急速に巻き取り、強引に自分の足元へと引きずり戻す。

 ベルが作り出した一瞬の隙。その背後から、影のようにジェミニが跳躍した。彼は無口な解体屋としての本能を解放し、拘束された猟犬の眉間へ、重量級の真鍮レンチを渾身の力で叩き込んだ。


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