殺戮迷宮
蒸気と煤煙が混じり合う、ネオ・ロンドニウムの最深部。特区零番と呼ばれるその場所は、都市の全動力を一手に引き受ける超巨大蒸気機関『プロメテウス・エンジン』が、地底の心臓の如く鎮座する禁忌の領域であった。
通常、この場所へ至るには聖油騎士団が幾重にも張り巡らせた検問を突破し、生体認証ボルトで厳重に封鎖された大鉄門を通過せねばならない。上層の貴族ですら立ち入りを制限されるその場所は、まさに都市の急所そのものであった。
だが、ロイスとジェミニ、そして新たな相棒となったオートマタ・ベルの三人は、マダム・ヴェイルから密かに教えられた「旧式廃棄ダクト」の、錆びついた鉄格子の前に立っていた。
かつて都市建設初期に排気を逃がすために使われ、今は歴史の闇に埋もれたその細い産道は、ドクター・エフィメラの手によって、侵入者を塵に変えるための殺戮迷宮へと書き換えられていたのである。
「ここから先は、地図もなければ確かな光もない。あるのは、侵入者を文字通り分解し、資源として再利用するための、狂った仕掛けだけよ」
ロイスは黄金の鳥を模した仮面『沈黙の審判』を深く被り直し、左腕のガントレットに備わった蒸気圧計の針を確認した。ジェミニは無言のまま、背負った鞄から高感度の音響解析器を取り出す。彼がスイッチを入れると、暗闇の奥から響く微かな、しかし規則的な金属音が波形となって画面に浮かび上がった。
「……シュウゥ……」
ベルが四肢の関節部分から微かな、しかし熱い蒸気を吐き出し、戦闘態勢に入る。その瞳には感情こそ宿っていないが、主であるロイスを守るという一事において、いかなる人間よりも確かな殺気を放っていた。
鉄格子を強引にこじ開け、ダクトの内部へと潜り込んだ三人を待っていたのは、幾何学的に入り組んだ真鍮と鋼鉄の迷宮だった。通常ルートを外れた不届き者が迷い込むこの場所は、エンジンから漏れ出す濃密な余剰蒸気が常に充満し、視界を遮るだけでなく、音の反響すらも狂わせていた。壁一面に張り巡らされた銅のパイプは、まるで巨大な生物の血管のように脈打ち、侵入者の体温を奪うほどの熱を放っている。
「道が、脈動しているみたいね。まるで見張られているような不快感だわ」
ロイスの言葉通り、真鍮の壁面からは時折、レンズ状の監視素子がこちらを覗き込んでいる。その視線を遮るように、ジェミニは先頭を歩き、音響解析器で迷宮の鼓動を読み解き始めた。ダクトの奥深くからは、まるで巨人が唸るような重低音が絶え間なく響いている。それは死に至るパズルへの、狂信的な前奏曲のようでもあった。




