真鍮の悪夢
静まり返った最上階の晩餐会会場。重厚な扉をジェミニが蹴り開けると、そこには常軌を逸した地獄の光景が広がっていた。中央の長い食卓には豪華な料理などなく、代わりに無数の水銀瓶と歪な真鍮パーツが山積みされている。そしてその奥、かつて車椅子に座っていた老伯爵は、醜悪な機械装置と一体化した姿で二人を待ち構えていた。
彼の背中からは数十本の蒸気パイプが這い出し、天井の巨大ボイラーへと直接繋がっている。そして剥き出しになった胸部の中央には、鈍い黄金色の光を放つ『巨大な真鍮の心臓』が、男の肋骨を無理やり押し広げるようにして鎮座し、狂ったような速度で脈動を繰り返していた。
「おお、来たか。我が優秀なるデバッグ・チームよ。その心臓をここまで運んできた苦労、報いてやらねばな」
伯爵の声は、もはや人間の喉が発するものではなかった。複数の金属板が高速で擦れ合うような、耳障りな共鳴音。彼は濁った瞳でロイスを見つめ、恍惚とした表情で笑った。
「ロイス・アッシュウォーカー。私は君に、以前から並々ならぬ興味を抱いていたのだ。10年前、都市の半分を黒く染めた『灰色の朝』。あの地獄を生き延び……その左腕に、呪わしくも美しい『黒い残滓』の皮膚を宿した唯一の成功例としてな!」
伯爵の機械腕が、欲望を隠そうともせずにロイスを指さす。
「君のその皮膚こそが究極の進化だ。だが、もはやそれも必要ない。この私が完成させた心臓こそが、人類を錆びることのない神へと変える唯一の正解なのだよ!」
「……シュウゥ……」
ジェミニの口から、鋭い排気が漏れた。彼が黒い鉄のマスクを装着し、無口な解体屋へと変貌する合図だ。かつての騎士としての誇りは、この瞬間、冷たい鋼の奥へと完全に封印された。
「あら、お爺様。私の左腕を過去の遺物呼ばわりするなんて、レディに対する礼儀がなっていないわね」
ロイスは黄金の鳥の仮面の奥で、瞳を青白く燃え上がらせた。
「その醜い心臓ごと、あなたが信じる正解を、跡形もなく分解してあげるわ!」
戦闘の幕が上がった。壁から無数の真鍮の義手が這い出し、蒸気機関銃の一斉射撃が開始される。ロイスは天井へワイヤーを射出し、弾丸の雨を潜り抜けて高く舞い上がった。




