仮面の下の震え
「……次は、お前だ」
ジェミニは返り血で黒く汚れたハーフマスクの奥で、次の獲物を静かに見据える。彼の中に手加減という甘い概念は存在しない。相手が「かつての部下」の面影を持っていようとも、機械的に、二度と武器を握れないほどに、その身体構造を根底から破壊していく。
一方、ロイスは頭上を縦横無尽に、それこそ重力を嘲笑うように駆け巡っていた。
「そっちじゃないわよ、鈍亀さんたち! せっかくの素敵な鎧が泣いているわよ!」
彼女はワイヤーを巻き取る反動を計算し、建物の壁を蹴って加速する。その勢いのまま、ガントレットから小型ボウガンを目にも止まらぬ速さで連射した。
ヒュン! という鋭い風切り音が空気を切り裂き、騎士たちが構えた機関銃のトリガーを正確に弾き飛ばしていく。
わずか数分の間に、一帯を完全に包囲していたはずの騎士団の一個小隊は、一人残らず地面に這いつくばることとなった。致命傷を負った者はいない。だが、皆一様に、人間という名の精密機械を、再起不能なまで完璧に「分解」されていた。
「……完了だ。撤収する。騎士団の本隊が到着するまで、残り120秒」
ジェミニはレンチに付着したオイルと血を無造作に拭き取り、武器を慣れた手つきで収納した。その瞳には、勝利への歓喜も、かつての同胞を傷つけたことへの感傷も、何一つとして浮かんではいなかった。
二人は再び蒸気自動車へと飛び込み、高圧ボイラーを唸らせて、煤煙のカーテンの向こう側へと消えた。追っ手の目を晦ませ、現場に残された「顔」を完全に処分する。これが、アッシュウォーカー兄妹がこの煤煙の街で生き抜くための、鉄の掟だった。
都市の喧騒から切り離された外れにひっそりと佇む、彼らの唯一の帰るべき場所。事務所の重厚な鉄の扉を閉め、内側から三重のロックをかけると、ロイスはようやく真鍮の胸甲を緩め、大きな息を吐き出した。
「ふぅ……。やっぱり、このオイルと古い紙の匂いが一番落ち着くわね。ジェミニ、武器を持つと本当に怖いわね。昔の、あのキラキラした騎士様の名前を捨てて、今の解体屋さんにジョブチェンジして大正解だったわ」
ロイスがわざと明るいトーンで冗談めかして言うと、ジェミニは既に自室の整理された作業台の前に座っていた。
黒いハーフマスクを脱ぎ捨てた彼の瞳には、先ほどまでの「処刑機械」としての気配は微塵もなく、そこにはいつもの冷静な、そして少しだけ妹を気遣うような、兄としての優しい光が戻っていた。
「……過去の技術、過去の栄光では、今の変異し続ける病巣には勝てない。私は、君を守るために、ただ最適化しただけだ」
ジェミニは低く、自分に言い聞かせるように答えた。だが、レンチを置いたその指先が、目に見えて微かに震えているのを、ロイスだけは見逃さなかった。筆頭護衛騎士としての誇り高き剣技を捨て、効率的に「人を壊す」ためだけの術を振るったことへの、魂の拒絶反応。
「さあ、落ち込んでる暇なんてないわよ、ジャーミンお兄様! 次は、私たちを実験台にしようとした、あの伯爵様に、とびきりのお礼を言いに行かなくちゃ!」
ロイスはわざと彼を本名に近い愛称で呼び、彼の背中を叩いた。
「……でも、その前に、ジェミニ、紅茶を淹れて。とびきり熱くて、渋みが強くて、目が覚めるようなやつを。私たちの反撃は、これからが本番なんだから!」




