無慈悲な分解
「……シュウゥ……」
ジェミニの口から、微かな、しかし鋭い排気音のような呼吸が漏れる。これは彼が『処刑人の呼吸』へと移行し、自身の肺活量と蒸気圧を極限まで高め、肉体のリミッターを解除した証拠だった。
彼は騎士時代の誇りであった華麗な長剣を、とうの昔に捨て去っている。今の彼が握るのは、重量のある特注の真鍮製レンチと、関節や神経接続部を的確に破壊するための戦術棍だ。それは「守るための武」ではなく、「壊すための工学」の結晶だった。
「包囲網、完全閉鎖まで残り30秒。……ロイス、先行しろ。撹乱を開始する」
ジェミニの命令は短く、その響きには迷いも慈悲もなかった。
「歯車はいたって正常! 最高に派手な幕開けを見せてあげるわ!」
ロイスは左腕のガントレットに仕込まれた圧縮シリンダーを解放し、超高圧のワイヤーを射出した。シュルルッという鋭い音と共に放たれたワイヤーは、頭上の煤けた時計塔の縁に深く食い込み、彼女の細い身体を重力から解き放つように宙へと吊り上げる。
「まずは騎士様たちの自慢の視界を奪ってあげる! 『アッシュ・スモーク』、展開!」
空中を自在に舞うロイスの手から、数発の特殊榴弾が投下された。石畳に激突して炸裂したのは、ただの煙ではない。ジェミニが独自に調合した、網膜の光受容体を一時的に麻痺させ、蒸気神経の伝達を阻害する「化学蒸気」の霧だ。
「目が! うわあああ! 息が……肺が焼ける!」
黄金の霧の中で騎士たちが悶え、混乱するその中心に、音もなく、死神の如き巨大な影が降り立った。仮面をつけたジェミニだ。
彼は無口だった。かつての騎士道精神に基づいた高潔な名乗りも、正々堂々とした構えも、そこには微塵も存在しない。あるのは、解剖学的な知識に基づいた、効率的な「無力化」の連動だけだった。
ガキンッ!
骨と金属が同時に砕ける嫌な音が響く。ジェミニの大型レンチが、先頭の騎士の右膝関節を正確に、かつ徹底的に叩き折った。騎士が絶叫を上げる間もなく、流れるような動作で放たれた二撃目が、鎧の背面にある『蒸気神経』の主接続バルブを直撃した。
パシュン! という音と共に動力蒸気が噴出し、騎士の身体は物理的な機能を失って人形のように崩れ落ちる。ジェミニの戦い方は、かつての同僚が見れば「品性も騎士道も欠片もない、罪人の手口だ」と唾を吐き捨てるような、生存と無力化に特化した残酷なものだった。
それゆえに、誰一人としてこの血塗られた死神が、かつて自分たちの頂点に立っていた筆頭護衛騎士であるとは、夢にも思わないだろう。




