鉄の処刑機械
「逃がすな! 『心臓』を盗み出した鼠を包囲せよ! 抵抗するなら四肢を砕いても構わん。機密を市街へ漏らすな!」
薄暮に沈む路地裏。湿った静寂を、軍隊特有の規則正しい足音が無残に踏みつぶした。現れたのは、上層区の治安を司る『聖油騎士団』の精鋭部隊だ。
彼らが纏う真鍮の全身鎧には、都市の守護神『プロメテウス・エンジン』の加護を示す「燃える歯車」の紋章が誇らしげに刻まれている。彼らは手にした蒸気機関銃のボルトを引き、銃口からは高圧の蒸気がシュウゥッという威嚇の音を立てて漏れ出した。
ジェミニは、その右手に『偽造された真鍮の心臓』を握りしめたまま、背後の壁に身を寄せた。彼の瞳は、迫りくる騎士たちの装備、人数、そして路地の構造を瞬時に走査していく。即座に周囲の足音の反響を数え、最短の逃走経路と敵の配置を脳内の演算回路で弾き出した。
その瞬間、彼の表情から、先ほどまでの「沈着冷静な技術者」としての温厚な色彩が、霧が晴れるように消え去った。代わりに漂い始めたのは、一切の感情を排した、深い闇のような無機質さだ。かつてこの都市を照らした希望の光は、今の彼の中には一滴も残っていない。
「ロイス、儀式の時間だ。車内の『格納庫』を開けろ。これより、我々の存在をこの場から抹消する」
ジェミニの声は、既に兄としての温度を失っていた。それは、命を奪うための道具が発する摩擦音に近い。
「了解よ。今日の気分は……そうね、この街の嘘と、高慢な騎士様たちの鼻柱を笑い飛ばすような、『黄金の嘲笑』にしましょう!」
ロイスは路地裏の影に停めていた蒸気自動車へ飛び込み、隠しコンパートメントのレバーを引いた。カチリという音と共に開いた『格納庫』には、用途や気分に合わせて作られた数十種類の仮面が、不気味なほど整然と並んでいる。
ロイスが選んだのは、鋭い嘴を持つ黄金の鳥を模した、豪奢でありながら不気味な仮面。対してジェミニは、一切の装飾を排し、ただ「機能」だけを追求した鉄製の黒いハーフマスクを手に取る。
二人が仮面を装着した瞬間、その場の空気の質が劇的に変わった。
ロイスは陽気で饒舌な探偵から、影を軽やかに舞い、獲物を追い詰める「処刑人」へ。そしてジェミニは、かつて王室筆頭護衛騎士として、黄金の光の中で正義の長剣を振るっていた「名もなき英雄」の残影を完全に殺し、闇の中でただ効率的に標的を解体するだけの「処刑機械」へと変貌を遂げたのである。
鉄の仮面越しに漏れる息は、もはや人間のそれではなく、熱を帯びた機械の排気音のように鋭く、重かった。




